謀議

 その船は八枚の葉と太陽の図柄が白抜きで描かれた、赤い旗を掲げていた。

 その船からシェプールの王宮に使者があり、ダエグ王に面会を求めていた。

 その書面にはただエルマと名が記され、封蝋と印には旗と同じ図案があった。

 王宮内に混乱が生じた。

 このような印は誰も見たことがなかったからだ。

 王宮の官吏が古い文献から同じものを見つけ、慌てて執務室に駆け込んできた。

 それを見た全員が、目を疑った。

 アトワール旧王家の印だったからだ。

 応対について意見が割れた。

 追い返すように言うものが多数だった。

 しかし王はこの時期にサルマンに来たことが気になっていた。

 五百年消息を断ち、何故今になって、よりによって我が国に来たのか、奇妙に感じた。

 ダエグは臣下の言を押し切って会うことに決めた。

 ネイルスはハグリスがやけに静かなのが気になった。

 そう言えば、カールーンは気になることを言っていた。

 よもや…、とネイルスは思った。

 官吏は面会するとなるとまた慌ただしくなった。

 格の問題である。

 政争に敗れ、帝位を譲ったとはいえ、現王家にしてみれば本家にあたる。

 家格は圧倒的に相手が上だが、肝心の相手の身分が不明なのである。

 旧王家に姓はなく、使者の持ってきた文書にも名だけが記されていたから、王族であると判断され、対等の席が設けられた。

 ダエグも官吏が出した結論に同意した。

 急遽謁見の間に席が設けられ、王宮では宴席の準備が始められた。

 そして数日後、その一団はやってきた。

 総勢約三十名で、皆騎乗していた。

 古い宮廷衣装を着て帯刀し、二名は幟の付いた槍を持っていた。

 幟は長く、赤い布に白抜きで印が描かれていて、裾は細くなり、金の縁飾りが付いていた。

 紋の中央の太陽の図案にも金糸が使われていた。

 風に揺れて布が艶めいた。

 絹である。

 皆藍色の衣装に白抜きの紋が付いていた。

 一人だけ赤い衣に臙脂の袴、藍色の羽織を着ていた。

 その者の服には刺繍が施されており、一際目立った。

 目立ったのは衣服だけではなかった。

 長い髪を編み、それを頭に巻いて幾つかの簪で留められていた。

 髪を上げたため顔ははっきりと見て取れたが、見惚れるほどの美貌だった。

 一団には女子供が多く、護衛らしき甲冑を着た者は半数は女だった。

 道往く者たちは乱れなく駆けてゆく様を見て、呆気に取られていた。

 五時過ぎにキルシュを発ったと報告があったため、到着は八時頃かと一息ついていたところ、あと半時間でご到着ですと言う物見の報告に外交担当者は驚きの声をあげた。

 出立からまだ二時間である。

 どんな乗り物か聞いたところ、全員が騎乗していると聞いて目を丸くした。

 ダエグにも報告は入っており、あまりの速さに驚いた。

「ハグリス、何か知っているのでは?」

 ネイルスはつい尋ねた。

 それを聞きつけたダエグは、ハグリスに言った。

「知っていることがあれば教えてくれ」

 ハグリスは仕方なく答えた。

「今こちらに向かっておられる方は、我らの主人の妹君です。そして、かのお方は武人でいらっしゃいます」

「何だと? ハグリス、お前は旧王家の者だったのか?」

「はい、私は本名をハギス、主人と同胞が住まう街エリシアムの住人、旧王家の末席に連なる者です」

「お前も王族であったと?」

「血統からはそうなりますが、我らは既に、主人も含めて王族であったと言う認識は持っておりません」

「では何故今になって現れた?」

 ハギスは言葉を選んで答えた。

 この発言は外交的意味合いがあると気づいていたからだ。

「メルクオールと交わした古い約定からです。炎帝が即位した当時、戦が絶えなかった。それを止めるべく、メルクオールはマリテを王として立てて世を治めるに至りました。これは人々の安寧を願ってのことでした。我らが王家という立場にあったのは民の安寧があってこそです。今それが脅かされようとしているため、再び人々の前に立つことを我らの主人が決められたのです」

 ダエグは暫く思案すると、尋ねた。

「再び王位に就くためか?」

 ハギスと名乗った男は笑って答えた。

「エルマ様とお話になれば分かりましょう。我らに王族という認識は既にないと、私は認識しております」

「分かった。お前が我らに助力した目的も、先ほどの言葉から出たものと理解して良いのだな?」

「勿論です」

「分かった、そこにいて良い」

 程なくして使節団が西の門に現れたと報告があった。

 西門から中央大門への通路には衛兵が列をなしており、通行を妨げられた住民達が悪態をついていた。

 しかし、東西通りを西から進んでくる一団を見て皆息を呑んだ。

 先頭を行く馬上の女が大層な美人だったからだ。

 その女は髪を上げ、艶やかな織物の見慣れぬ服を着て、武装して馬上にあった。

 何とも凛々しい姿に、男も女も皆静かに見守った。

 隣に並んで進む外交担当の官吏も、自然を装いつつも顔を赤らめていたことが、人々の笑いを誘った。

 後続の騎兵が見慣れぬ紋の付いた赤い幟を付けた槍を掲げていて、どこの国かと話題になった。

 使節団は、衛兵の隊列に従い、中央通りで左折すると、北上して大門を抜けた。

 謁見の間の前庭に到着すると、皆馬を降りた。

 護衛は皆そこで待機し、エルマを先頭に、九名が先へ進んだ。

 ギブリ、文学院のモルデス、大蔵のダイアム、舎人のイリス、諜報部のハイネとピュリス、そしてアゼルとオリガであった。

 エルマは広間に入ると、奥に一人立つ男を見た。

 ダエグ王であった。

 彼女はまっすぐに進んで、ダエグの前で止まった。

「ようこそおいで下さいました。サルマンの王ダエグです」

「お出迎えありがとうございます。エルマです」

 エルマを見たサルマンの家臣たちからため息が漏れた。

 美しさもさることながら、その凛々しさに惹かれたようだった。

 清々しい風を感じたのである。

 ダエグは中央に用意された椅子にエルマを案内した。

 椅子は同列に二脚並べられ、手前に置かれた丸いテーブルに向かって置かれていた。

 テーブルには赤と白、そして黄色の花が飾られていた。

 アトワールの旗の色だった。

 その手前にも椅子とテーブルが用意されており、他のものはそこに案内された。

 正面に向かって左にエルマ達が掛けた。

「面会を受け入れて下さって感謝します。さしたる土産もなく申し訳ない」

 エルマはまず礼を述べた。

「いえ、土産は既に頂いております」

 ハグリスに手をやって答えた。

 策略を貰ったと言っているのだろう。

 エルマは笑った。

 その笑顔にダエグから一瞬気の緩みが見えた。

「お父上は残念でした。お悔やみを…」

「ありがとうございます。その件についても、ご協力に感謝します」

「こちらは暖かいですね。この広間も開放的でとても美しい」

「今はまだ乾季の終わりですから、これから雨季に入るとこちらは大変です。今が一番良い時期ですよ。それで、この度はどのようなご用で参られたのですか?」

「協力をお願いに参ったのですよ」

「どのようなお話でしょうか?」

「我らの描いた策を使うと、最も不利益を被るのは誰か予想できますか?」

 ダエグは思案すると答えた。

「恐らく、シエラではないですか?」

 エルマは頷いた。

「シエラの民が、です。我らの策で民が路頭に迷うのであれば、その責任を取らねばなりません」

「シエラを奪還したいと?」

「奪還というのは少し違いますね。我らは王になる気はありませんから」

「ではシエラを仮に取ったとして、どのように治めるのですか?」

 エルマはどう答えるか考えた。

 彼らは王政以外の統治手段を恐らく知らないのである。

「エルオールの政治形態をご存知ですか?」

「詳しくは知りません」

 エルマは分かるように簡単に説明した。

「つまり……、民の代表者が統治すると?」

「簡単にいえばそうです。人々の合議によって決めます。我らエリシアムの代表とシエラからティルナビスの代表が集まって、民の合意を得て政を行います」

「それは、うまく機能するのですか?」

「エルオールの社会とエリシアムではうまく機能しています。しかし難しいのも事実ですが、我々は五百年の間その手法で街を運営してきました」

「その街というのはどこなのですか?かつて学院が世界中を探し回ったがついに見つけられなかったと聞いています」

「それは詳しくは言えませんが、森のはるか奥ですよ。誰も到達できなかった場所です」

「そうですか……。それで我々に協力してほしいこととは?」

「春からの戦について、勝敗が決して講和が成立しても、国境の軍は絶対に下げないで欲しいということです。そして、ティベル河を渡って北上することは控えてほしい。それを約束してもらえれば、今度の戦でサルマンが勝利する可能性が生まれるでしょう」

「我々が勝てると?」

「はい。上手くすれば勝てるでしょう。或いは、膠着状態になるかもしれません」

「どういうことですか? 今度の戦はかなり分が悪い戦になると我々は考えておりました」

「開戦後に、我々はグリシャの鉱山を制圧し、要塞化します」

「なるほど。それが可能ならロンバルドは浮き足立つでしょう。確かにそれなら勝算が見えます」

 ダエグはネイルスに意見を求めた。

「確かにロンバルド国内で、混乱が生じれば、活路が見えるかもしれません。鉱山を奪取されては、彼らは戦力を配分し直さなくてはなりませんが、我らが軍を退かなければ、ロンバルドも戦力を割けません。良い策かと存じます」

「して、取れるのですか?」

「寡兵ですが、強力な兵器がございますので」

「まさか、術者などが?」

「ははは、それは私もそうですよ」

 ダエグは驚いて狼狽えた様子を見せた。

『あなたにも聞こえるでしょう?』

 ダエグの頭に声が響いた。

「何と……、これは……」

「これが所謂念です。我らはこのようにして会話を行うだけのこと。ただ、戦場で離れた所でも会話ができるということは、戦術において如何に有利かはお分かりでしょう?」

「確かに……、その通りだ。しかしそれはずるいですな」

 ダエグは思わず言ってしまった。

「確かにずるいですね」

 エルマは笑っていた。

「我らは戦を好みませんから。それにあなたもその力は備わっておりますよ。我々と同じ血を持っていますからね」

「しかし力を持ちながら何故あなた方は王位を退いたのですか?」

 エルマはどこまでを話せば良いか思案した。

「我らは古い記憶を引き継ぐ一族です。ギルボワはその記憶を受け継ぐことを拒絶しました。だからあなた方には受け継がれていないのです。その記憶にはある願いも含まれていた。我々はその願いを大切にしているのですよ」

「どんな願いですか?」

「ヒトとエルオールの共生。既にエルオールは世を去りましたが、その力と記憶や思いは我々が引き継いでいます。我々はその願いに従うのです」

 ダエグは言葉を失ったかのように黙った。

 自分たちとは思考の原点が異なると理解したからだ。

 彼らに言わせれば、王政であろうと、彼らの政治形態であろうと、民の生活が穏やかであれば問題ではないというであろう。

 実際に彼らは過去に千年にわたって王位にあったのだ。

「成程、他国の政治形態にまで立ち入ることはないと理解して良いですか?」

「それは勿論ありません。民の安寧、それがメルクオールと我々の盟約ですから」

「よく分かりました。前線の軍については、撤退しないこと、渡河しないことをお約束します」

「ありがとうございます。それを聞いて安心しました」

 そう言ってエルマはダエグに手を差し出した。

 外交儀礼でなく、素の彼女の笑顔を見た気がして、ふと笑っていることに気付き、ダエグは気を引き締めた。

 二人は固く握手した。

 ダエグは少し頬が赤くなっていた。

 この後、エリシアムとサルマンの間で書類を作成し、両者で調印するという実務が発生する。

 事務方はこれからが仕事である。

 予想外に早い到着だったため、宴席の準備が整わず、宮廷の庭で懇親会のような時間が設けられた。

 エルマの周りにはサルマンの官吏が集まり、何やら話をしていた。

 それを遠くからブレアスは見ていた。

 カールーンとハグリスも一緒だった。

 エルマはそれを見つけてハグリスに声を掛けた。

「うまく行っているようだね」

「はい。立案には苦労しました」

「良い案だよ。我らもその案に加わる余地があった。恐らくお前はこのままシェプールに駐在する形になるだろう。連絡にはプロイグを置いていく。私かオリガなら届くだろう」

「承知しました。こちらは学院が殲滅されていますので、何の懸念もありません」

 エルマは頷いた。

「カーリスは今回の影の立役者だな。表沙汰にできないが、感謝している。可能なら引き続き潜入を継続してほしい」

「承知しました」

「ずいぶんお行儀の良い部下が増えたな」

 エルマは後ろで座る四匹の犬を見た。

「このまま船に乗せます」

 苦笑していた。

 エルマはブレアスを見た。

「情報には感謝している」

 ブレアスは頷いた。

 ブレアスは赤黒の衣装を身につけていた。

「よく似合っているじゃないか」

「ヘルガから聞いてはいたが、まさかあんたがそのような身分とは。関係者どころではなかったようだな」

「そうだな。だが私とお前の関係に何か変わったことはあったか?」

「何もないな」

「そうだろう? 何も変わらない」

 そこへアゼルとオリガがやってきた。

「髪が変わったな」

 ブレアスはアゼルを見て笑った。

「あー、はい色々ありましてね」

 アゼルは笑いながら頭を掻いた。

「僕の剣どうでしたか?」

「これか?」

 ブレアスは腰に差した剣に手をやって言った。

「まだ一度も使っていないが、気に入っている。祖父から貰った矛と同じ鉄だった」

「嬉しいです」

 アゼルとオリガは、藍色の衣装を着ていた。

「改めてよろしくお願いします」

 少年が手を差し出し、ブレアスはその手を取った。

 子供の割には厚い手だった。

 職人の手だ。

 ブレアスは笑った。

 オリガは良かったねとアゼルに耳打ちした。

 中座していたダエグが戻った。

 エルマがハグリス達と話しているのを見つけ、これに加わった。

「何やらまた策謀の匂いがしますな」

 ダエグは言った。

「いえいえ、彼らの働きに礼を言っていた所です」

「うむ、実に良い策だと思った。カレアンへの対策には頭が痛かった所で、実に面白い策を貰って感謝している。奴らの勢いを削ぎながら、策に乗じて防衛に回るというのが実に良い。情報の拡散を止めたネイルスは良い判断をしたな」

 ハグリスは頭を下げた。

「彼はこのままこちらに残って貰うことにしました。連絡手段も用意していますので、何かあれば彼を通じてご連絡下さい」

「ご協力に感謝します。所でこちらの方は?」

 ダエグはアゼルとオリガを指して尋ねた。

「こちらは私の姉の子で、アゼルとオリガです」

「つまり、王子と王女であったのか。もう外交の場に出られるのか?」

「はい。私などは8歳の頃から親元を離れて世界を旅していましたから。見聞を広めるために同行させています」

「何と……、当時は身分を隠して旅を?」

 ダエグがそう尋ねた時、侍従が彼の傍にいたので、エルマはダエグを促した。

「陛下、お邪魔をいたしました。宴席の準備が整いました。お待たせを致しました」

 侍従はそう言って頭を下げた。

「では参りましょう」

 ダエグは何事か侍従に指示すると、侍従は宮廷へ走って行った。

 エルマには筒抜けだった。

 王であれば当然の思考である。

 これから共に同じ策で敵に挑むのだ。

 結束を固めるためにも婚姻は戦略の一つだ。

 しかも血統は最高である。

 だから、親として上手く断らねばならなかった。

 妻はもう決まっているのである。


 宴席は実に絢爛であった。

 元々天井の高い構造の上に、絨毯の上に腰を下ろしているため、なおさら広く感じる。

 料理は来客の好みがわからないためか薄く味付けされていたが、この地独特のスパイスの香りが下味に付けられていて、実に香ばしい。

 舞踊や音楽が流されて、文学院のモルデスなどは興奮し通しだった。

 ダエグはひとしきりエルマと話すと、徳利を持って臣下に酒を注いで苦労を労っていた。

 彼の人柄を垣間見たようだ。

 サルマンは今回の動乱で、上級貴族の大半を捕縛し、重鎮も多くが阿片に侵されて、政治の中枢が揺らいでいた。

 数ある部署の中で健全に機能していたのは軍の一部と財務だけだったのだ。

 立て直しを図りながら国を守らねばならない国王の心中は如何ばかりか、とエルマは思った。

 予想通り、アゼルとオリガの近くには年の近い子が充てがわれていた。

 恐らくは王族であろう。

 姉のオリガは察したのか、アゼルを援護していた。

 自分と同じように、心を探ったのだろう。

 姉との訓練で、オリガは念の扱いに早くも習熟していた。

 そればかりか、カルネにもできないほどに、念の扱いが上手くなった。

 水で鳥を描いて飛ばすのを楽しんでいたという。

 頼もしくなってきたことが嬉しかった。

 あの子は人一倍アゼルを大切に思っていたから、妬いているのかもしれないなと、少し不安を覚えた。

「仲の良い姉弟ですね」

 ダエグがいつの間にか戻っていた。

「あの子達は生まれて一年も経たない頃に引き離して今まで別の場所で育てたのです」

「それは意外ですね、あのように仲が良いのに」

「はい、我々も安堵している所です」

「何故引き離して育てたのです?」

 エルマは言葉を慎重に選んだ。

 上手くダエグの意図を挫く必要があったのだ。

「我々は再び人々の前に出るにあたって、どのような立場で接してゆくか熟慮しました。ヒトと手を取り合って生きるのが我らの望みであるなら、王家としてでなく良き隣人にならねばならない。だからあの子は平民としてシエラの街で私が育てたのです。これからあの子は平民として、旧王家の筆頭の男子として、人々に認めさせなくてはならない。後ろ盾もなく、地位もない男が、己の力だけで切り開かなくてはならない」

 ダエグは絶句した。

 よもやそこまでの覚悟とは思わなかったからだ。

 彼はアトワールの正統な血を引く男子だ。

 それを平民として育てたのだというから、彼らの真意を見たも同じであった。

「何か力になれませんか?」

「お心遣い感謝致します。ですがあの子が自分で決めるでしょう。決めねばならないのです。私は見守るつもりです」

 ダエグはエルマの目に母親を見た。

 真に子の成長を願っている目だった。

 彼らの悲願を遂げるつもりであることを、ダエグは理解した。

 ならば見守るしかないではないか。

 政の形は違えど、人々を見る目は父のそれと同じだと感じられた。

 父は民を良く治めようとしたが、彼らは民を導こうとしている。

 同じ立場から共に行くつもりなのだ。

「不思議ですね」

「何がですか?」

「王位を捨てたあなた方が最も王に相応しく見える」

 エルマをは何も言わずにダエグを見た。

「父がよく言っていましたよ。王であっても、やれることは限られると。王であるから尚更独善で動けないのでしょうが、不自由さを嘆いていました。たった一度だけ病床の父から聞いたことですが、今でも覚えています」

「民を思う良い王でいらしたのでしょうね」

 ダエグは頷いた。

「ですが父と、臣下の働きでこの国の病巣を排除できた。カールーンやハグリスには感謝しています。この国の者でないにも関わらず、知恵を出してくれた。実に頼りになる。良い臣下をお持ちですね」

 エルマは笑った。

「彼らは臣下ではなく、家族なのですよ。我らの街は八つの宮家と、それを支える者達が集まった場所です……。少し失礼します」

 エルマは子供達の方に向かっていた。

 アゼルの隣に座っていた王女がアゼルの腕にしがみ付いていて、オリガが腹を立てている様子だった。

 そこにエルマが赴き、オリガの肩に手を置いた。

 それに気づくと、二人は見つめあっていた。

 言葉には出さないが、話をしていたのだろう。

 エルマはオリガの頬を撫でてやると、彼女も落ち着いたようだった。

「失礼しました。困った子達です」

「あの子も少々度が過ぎているようで、申し訳ありません」

 エルマは別の心配をしていたのである。

 オリガが暴発しては大惨事なのである。

「あの子は正直な子です。弟がとられるとでも思ったのでしょう」

 エルマは笑っていた。

「ところで、鉱山の方は獲る算段がおありですか?」

「監視をつけてはおりますので、警備の状況は常に報告が上がっています。現状では十分可能です」

「具体的な開始条件などはありますか?」

 エルマは察した。

「ロンバルド全軍が渡河し、初動で一度サルマンの前線が崩れ、ロンバルドが軍を更に南に進めた頃でしょう」

「こちらの目論見もお察しでしたか」

 エルマは頷いた。

「今度の戦で国を食い潰す者達を一掃するつもりです。兵の犠牲は最小限にしますが、必ず責任を取らせます」

「その時間は十分考慮します。ハグリスともう一人を本陣に置いてください」

「もう一人ですか?」

「連絡員を彼につけています」

「分かりました」

 そう言うとダエグは杯を掲げて言った。

「勝利を」

 エルマも杯を掲げ、共に飲み干した。

 皆がそれぞれ宴を楽しみ、夜は更けていった。

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