第2話 反攻

回天

 火鉢で炭が爆ぜた。

 例年より冷え込みが強く、議場では火鉢を増やして暖をとった。

 首領が不在のためヘルクスが代理を務めていたが、根っからの武闘派であるから、険しい顔で座っている。

 それを見た皆の反応は、様々だったであろう。

 本来は八葉と議会は別々に議論を重ねるのが慣しだったが、エリシアムの放棄という過去に例のない決定が下されているため、合同で行われていた。

 セリム・メルクオールの姿もあった。

 貴方には見ておいて欲しいとカルネに言われ、議会の傍聴人として参加していた。

 議題はシエラの南進と介入の是非について、である。

 詳細はすでに東風から報告が入っており、皆に共有されていた。

「なかなか難しい議題だな」

 大蔵のダイアムが言った。

「あなたはどう思う?」

 ヘルクスは尋ねた。

「議題はこうあるが、問題は我々の立ち位置だよ。前回の話では、エリシアムから出ることは決まったが、どのように出ていくかは未決のままだ」

「確かにそうだ」

 一同皆同意したように大きく頷いた。

「であるから、我々はまず外の世界とどのように関わっていくのかを議論しなくてはならない。それが決まらねば、何のために介入するのかも決められん」

 ヘルクスはこれに同意して言った。

「ではまず、我々が今後どのような立場で外の世界と関わるかについて議論しよう。これについては、元老の考えを聞きたい」

 八つ葉のレンが八葉の総意を話した。

「我ら八葉は、先日ヘレナ様の記憶を継いだアゼルの意思を尊重し、申し上げます」

 レンは頭を下げた。

「エルオールの望みは、主従関係ではなく、人と対等に歩むことです。これはカルネも含め記憶の継承者の総意と理解しております。ですから、千五百年前のように人の王としてではなく、彼らの国と並び立つことを提唱致します」

 この案に対し文学院のモルデスが言った。

「我らも国家として立つのならば、領土を持たねばならない。どのようにして得るか、ですな」

 ヘクトルは頷いた。

「であれば、シエラの南進は領土を得る好機となる。これに介入し、ティベル河からティルナ河までの地域を取るのはどうでしょう」

 ヘクトルが一案を述べ、これに対しモルデスが意見を述べた。

「つまり両国の戦場に割って入ると?」

「はい」

「兵力の差が如実に出るぞ? こちらは多くて一千人。十年前の戦を思い出せば、両軍とも約三万の兵を投入していた。最悪六万対千の戦になるのではないか?」

「仰る通りです。ですのでサルマンに助力をし、見返りに領土の割譲を提案します。また我らは竜の力を借ります」

「かりられるのか?」

「アゼルが既に盟約を結びました。但し実害は出さずに行います」

「威嚇攻撃で屈服させると?」

 ヘルクスは頷いた。

「博打になるな。戦とは呼べん」

「武器ならありますよ」

 工芸院のデネブが言った。

「弓を改良した連弩という道具を作りました。弓のような習熟期間が長いものでなく、ごく短時間で操作法を覚え、連続射撃が行えるものです。またエルオールが対竜攻撃兵器として作成したモリの射出機も、試験的に制作済みです。量産も可能です」

「それは有用だろうが、彼我の戦力差がありすぎる。サルマンが仮に勝ったとして、約束を覆して攻めてくるやもしれん。やはり戦ではなく、別の手を考えるべきかと思う」

 議場が静まり返った。

「では、シエラを取ってはどうか?」

 イクナスが言った。

「どうやって取る?」

 イクナスは説明した。

 今シエラは資金不足から、カレアンに金を借りて戦を仕掛けようとしている。

 しかし、これはサルマンの領土を奪い、胡椒農園を入手できて初めて成功となる。

 つまり、サルマンに協力してシエラが何一つ得るものなく戦を終えられれば、シエラには負債だけが残る。

 既にエルマ麾下がサルマンで工作中である。

 この機に乗じて鉱山を奪う。

 南進に兵を割いて、ヘルマイン国境の警備を厚くすれば、鉱山は警備が薄くなる。

 鉱山であれば、ここから北の原生林を抜ければ目の前である。

 そうなれば、ロンバルドの財政は破綻する。

「なるほど、これはまだ現実味があるな」

 大蔵のダイアムが言った。

「しかしまたシエラで王家でもやるのか?」

 これについてはイクナスは閉口した。

 政治体制についてまで思案していないのだった。

「はははは。それこそ我らの本懐ではないかな?」

 文学院のモルデスが言った。

「どういうことだ?」

 ダイアムが尋ねた。

「人と手を携えて行きたいのだろう? 共和政を敷けばよかろう」

「なるほど。我らの今のやり方に参加してもらうわけだな?」

 モルデスは頷いた。

「ロンバルドの負債はどうする?」

 大蔵のダイアムが尋ねた。

「ロンバート家の負債は彼らが支払うのが筋じゃろう?」

「ははは、そりゃそうだ」

 議長代理のイクナスが他の意見を求めたが、出てこないため、今回の議事を皆に話し、異論がなければ採決を取ることとなった。

 皆が議場を出ていく最中、モルデスがイクナスを呼び止めた。

「なかなか面白い案だった。誰の策かな?」

「エルマとハギス(ハグリス・フォーラー)です」

「はっはっは。エルマ様も頼もしくなられたなぁ。親父殿も形無しだな」

「確かにそうですね。現地で実際に触れておるからよく見えているのでしょう」

「五百年ぶりの彼方はどうなっているでしょうなぁ」

 二人は並んで西に聳え立つアトリア山脈を眺めた。

 黒い雲が頂上付近を覆い、雪を降らせているだろう。

 二人はエルマ達を思った。


 サルマン本国では、王都シェプールの北部にある胡椒農園の作業に取り掛かっていた。

 拡張と表向きには公表していたが、実際は移植である。

 王都南西部を新たに開拓して、そこに胡椒の木を移植するのである。

 根を傷つけぬよう掘り出して、蔦を支柱から外して、荷馬車で輸送した。

 公社の農園に勤める農民と、ネイルス麾下の軍人が農民に化けて作業した。

 更に、拡張と見せかけて、実は砦を建設していたのである。

 実際にティベル河から水を引く運河のようなものにも着手していたため、シエラ側は農地だろうと思っていた。

 実際は防御を固めていたのだ。

 ベロニク侯配下の将軍や、国境警備にあたっていたその部下達も、前線の南の動きには注視しなかった。

 公社とネイルスの軍人には情報の秘匿が徹底されていた。

 砦建設、胡椒の移植、新農地の開拓は全軍をあげて行ったが、各所にネイルスの私兵が間者として入れられるほどの徹底ぶりだった。

 アルバートの上役も、昨年末の報告が事実と知って、慌ててアルバートに情報を取りに詰めかけてきた。

 お陰で誘導しやすくて仕事が捗ると喜んでいた。

 これに加え、公社はヘルマインから大量の木材を買い付けた。

 元農地の砦化に加え、戦略兵器として投石機を新たに開発した。

 これに亜麻仁油の入った壺に着火して放出するのである。

 設計はハグリスと軍の工兵が行った。

 今回の戦は、国内の陰謀の後始末として位置付けていた。

 学院関係者の取調べから、癒着の構造は判明していたから、前線のファリス派の部隊と将軍は前線に出させて、次の戦で消えてもらうつもりなのだ。

 この絵を描いたのがハグリスであった。

 特に金融については罠を仕掛けていた。

 銀行は預かり金を元手に貸付を行っていたから、預けた金を引き出してしまうと、金融ギルドの扱う通貨量が減るのである。

 ダエグは即位後に代理を立ててカレアンに大船団を送った。

 目的は資産の引き出しであった。

 昨今の香辛料の値上がりに対応するために、胡椒農園の大幅な拡張と設備投資を行うと説明して、預けた資金全額を回収したのだ。

 銀行側は渋ったが、ベイヤーが許可を与えた。

 これから奪う予定のものを拡張した上に設備も改善してくれると言うのだから、受け入れない理由がなかった。

 罠に嵌ってくれたのである。

 銀行は預かり金以上に貸し付けていたから、これ以上引き出しが増えると負債(銀行にとっての預かり金)を支払う金が足らず、資産を売るしかなくなるのだ。

 すると間違いなく経営は悪化するだろう。

 一方サルマン系の銀行から債権を買った他行は、資産額は増えたが預かり金は減るため、急に大きな資金移動があると、倒産の危険が高まる可能性があった。

 サルマン系の銀行は窮地に立たされることになるが、サルマンで登記された企業については、貿易公社が債券を買い入れたり、借り換えの資金を貸し付けるなどの救済を行なっていた。

 サルマン系の銀行も、学院関係者が関わっていたから、取り潰し対象なのである。

 貿易公社に新たに投資部門を作り、銀行化したのである。

 これは徐々に効果が出るはずだと考えていた。

 シエラの金産出量も減っているため、流通する通貨の量は更に減っていくのである。

 銀行の商売はやりにくくなるはずだ。

 ハグリスはこれらの策を、即位前の王太子の前で全て説明した。

 敵が仕掛けた策に乗りながら、逆にこちらの守りを固めるつもりだった。

 最悪領土を奪われたとしても、彼らは胡椒を得ることはなく、栽培出来たとしても、収穫までに三年以上かかる。

 胡椒は種から育てるのが極めて難しいのだ。

 ロンバルドの財政は逼迫するはずである。

 カレアンからの債務だけが残るからだ。

 更にカレアンから資金を全て引き上げ、彼らの力を削ぎ、両者を擦り減らす策だった。

 王太子がこの策を採用したため、ネイルス以下軍と公社が全力で取り組んだ。

 ハグリスはシェプールで自身の策略の遂行に明け暮れた。

 南洋貿易の仕事に差し障りが出るくらいだった。

 これにはカールーンが補助に回った。

 南洋貿易の社員の大部分はキルシュの現地雇用者が多かったため、自社の社長が王宮で働いていることには鼻が高かった。

 しかし公言を禁止されたため、歯痒い思いをしたかもしれなかった。

 そんなある日、一隻の船がキルシュに入港した。

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