チームミーティング

「ナギでいこう。彼はずっとチームの為に働いてきて、俺やリュカを勝利に導いてくれた。今、彼はリーダーだ。彼を俺たちがアシストして、一度くらいナギにいい思いをさせてやろう」


 最初にそう言ったのはニコだった。

 突然、リュカが立ち上がる。


「お前はいつも心にも無い事を言って、油断させて、勝利をもぎ取ろうとしてるんじゃないのか。

 それとも、俺に負けるのが嫌で勝負から逃げるつもりなのか。

 俺たちはチームだ。自己中心的な考えを持つ事も悪い事じゃないと思うが、心にも無い事を言うもんじゃない」


 ニコはこうした発言をこれまで何度もしてきているし、チームの皆も本心で言っていない事などある程度分かる。

 それでも、また言ってるくらいに流してしまう事が多かった。


 今、リュカから感じる凄みにニコはとても逆らう事など出来ない。


「なら、本心を言ってもいいのか?」

 ニコがリュカの顔を見る。


「言ってみろ」とリュカ。



「もともとは俺がエースで臨むはずだった今年のブエルタ。ジロで総合優勝して、俺はすぐにブエルタに切り替えた。ここに集中し、ピークもきっちり合わせてきた。まだまだ身体も元気だ。


 それに対してリュカはツールの疲労が抜けきっていないだろう。あれだけ激しいレースに勝利しておいて、このブエルタに何を求めているのか分からない。


 ナギに関しては尚更だ。グランツール全てを走るのは彼にとっては未知の世界のはずだ。しかもジロとツールで働きまくって、疲れを残してのブエルタ参戦だ。

 あのラッキーデイがあって、ここまでは何とか繋いできたかもしれないけど、まだまだ厳しいステージは続くし、3週目は特別だと思う。急に空っぽになってしまう可能性は高い。

 彼が疲れきってしまわないためにも、プレッシャーから解放させてあげるべきなんじゃないかな。


 チームで勝利をおさめる為に、当初の計画通り俺がエースとなって走るのが得策なんじゃないかな」


 自分がエースとなる事を主張するニコがいた。


 凪は圧倒されていた。リュカの凄みにも、ニコの自己主張の仕方にも。エースたるべき人間はやはりこういう強さが必要なのだろうと思う。



「ナギはどう思ってる?」

 予想通りリュカは自分に振ってきた。


「ぼ、僕は‥‥‥」

 ちゃんと言わなきゃと思う。このレースで後悔を残さない為にも。しっかりしなきゃ。


「僕がこの先もブエルタに勝つに相応しいレースが出来たなら、マイヨロホ、マイヨロホが欲しい。

 もしここから不甲斐ない走りしか出来なかったとしたら、そうなったらリュカとニコにアシストしてもらって勝たせてもらうなんて真っ平だ。

 勝つべき人間が勝つのがいいと思う。最後まで3人で戦うのが危険ならば、それまでにどこかのステージで決着をつけたい」



 リュカの目が輝いた。


「アングリルはどうだ?」



 レースは最終日を除いてあと5日。

 明日の休養日の2日後は今回のクイーンステージだ。1級山岳を2つ越えた後に待ち構えるのが超級山岳。と呼ばれている『アングリル』だ。


 距離12.5キロ。平均斜度10%。

 最大斜度23.6%。

 20%オーバーの激坂区間が何度も現れる。


 ブエルタを象徴する山で、これまでにも数々のドラマが繰り広げられてきた。




 3人の目が同時に監督に向いた。


 監督は大きく頷いた。



 アングリルのゴール後にマイヨロホを着用した者がこのブエルタの真のエースとなる。

 誰かがエースを決めるのではなく、レースがエースを決める。


 その後はマドリッドのゴールまで全員でエースを守る。ただし大幅にエースが失速したりトラブルを起こした時はその限りではない、という事に皆が合意した。




 凪は自分の思いを口に出した時に、ふと昔の事を思い出していた。


 朝陽と僕の最後のインターハイ。

 ゴール後の朝陽の気持ちが少し分かったような気がした。

 あのレースは、もしかしたら僕が勝つべきだったのかもしれない、と。

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