マイヨロホ
ステージ優勝をした2日後の山岳ステージで凪はマイヨロホを手にした。
総合優勝は最高の名誉だが、例え1日でもこのジャージに袖を通す事は、多くの選手達にとって大きな夢であり誇りとなる。
情熱の赤。
凪が表彰式でこのジャージに袖を通す姿は、前回ステージ優勝した時に見せた遠慮がちな姿とは違い、とても堂々とした立派なものだった。
鮮やかな赤は見慣れない気がするが、とてもよく似合っている。
「僕がマイヨロホだなんて‥‥‥。今こうやってこのジャージに袖を通す事が出来ているのも、エースのリュカとニコがいるからこそだし、僕らを守ってくれているチームメイト全員に感謝したい。
僕は今、チームのエースのひとりとして、1日でも長くこのジャージを着続ける事が出来るように頑張るよ」
マイヨロホを着用する凪と、もう2人のエースであるリュカとニコ。このトリプルエースの作戦はうまくハマっているように見える。
ライバルチーム、特にケビンのチームは3人の動きを見逃すわけにはいかない。ケビン自らが動いて先手を取ろうとしても、ことごとく3人の動きに潰されていた。
3人は時には自分がエースのように、時には自分がアシストのように都合良く振る舞う。
ケビン自身も彼のチームも、心身共に消耗が激しい。
ブエルタも2週目後半に入ると、総合の1、2、3位をチーム・アンドゥが独占する形となった。
どういうわけか、凪はリーダージャージを誰にも渡す事なく着続けている。
1日1日、赤いジャージを身にまとった凪の姿に見慣れていく、というよりは凪自身が赤いジャージに相応しいように成長しているように見える。
フォームも安定してきた。そのフォームはリュカのものでもなく、ニコのものでもなく、高校時代に朝陽に付いて走る事で作っていった凪の原型ともいえるようなものだ。
リュカとニコと凪は大抵3人でまとまって走り、その周りをアシスト選手が固めている。
その3人のうちの誰かが山岳でペースを上げたり、アタックをしても、遅れていくのは他のチームの選手ばかりで、3人のうち誰かが大きく遅れるという事は無かった。
それでもリュカはゴール前の加速で後続に数秒の差を付けたり、ボーナスタイム(※)を稼いでいって、凪とのタイム差を着実に縮めている。
そしてチーム・アンドゥにとって、3人の関係が大きく変わるだろうと思われていたのが、2回目の休養日の前日に行われるタイムトライアルだった。
今年組み込まれているT.T.は平坦で距離が長い。
このT.T.を最も得意としているニコが凪からマイヨロホを奪い取るだろうというのが大方の予想だ。
凪はこれまで、T.T.を全力で走った事がない。ステージレースの中のT.T.は、アシスト選手にとってはちょっとした休養日のような物だ。
勿論そこそこ頑張らないとタイムオーバーになって翌日から走れなくなるので、そこは注意しなくてはならないが、T.T.ステージを狙う選手や総合勢のように全力で走る必要はない。
T.T.はバイクも特殊だし、特化した練習が必要なので、そこに重きを置いていない選手は、頑張っても簡単に3分位の差はついてしまう。
T.T.が始まる前の順位は、1位が凪、1分50秒差でリュカ、リュカから3秒差でニコが続いていた。
結果、ニコはベストと思える走りをし、ステージ優勝を飾ったのだがマイヨロホは奪い取れなかった。
ニコのここで総合リーダーになるという
凪は大方の予想を覆し、ここでもリーダージャージを守った。
2位に上がったニコとは10秒差、ニコから遅れる事25秒でリュカが続いている。
この結果は関係者をおおいに驚かせたが、凪自身が一番驚いていた。これぞマイヨジョーヌマジックと言われるものなのか。ここではマイヨロホだけど。
そういえば、凪は昨年のツールでニコのアシストをしている時に平地を走る感覚を何か掴んだと言っていたし、シーズン前のチーム合宿でT.T.練をするニコの後ろを走ったりもしていた。
きっとそれが功を成している事もあるのだろう。
レースは最終日を除くとあと5日だ。少しくらい何かトラブルがあっても総合優勝はチーム・アンドゥの選手が獲る事はほぼ確実だ。
しかし選手達の疲労もピークに達する第3週。最後まで3人を戦わせるのも得策ではない。3人共倒れという可能性だって大きくなってくる。
各々の疲労具合をきちんと把握し、ここからのチームの方針をはっきりとした物にする為に、その日の夜は重要なチームミーティングが行われた。
※ボーナスタイム
各ステージのフィニッシュラインでは、上位通過3選手に10秒、6秒、4秒のボーナスタイムが与えられる(T.T.を除く)。
また、あらかじめ設定された中間スプリント、もしくは指定された山岳の山頂で、上位通過3選手に6秒、4秒、2秒のボーナスタイムが与えられる。
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