朝陽からのライン
「ナギ、大丈夫か?」
おめでとう! というメッセージが溢れ返る中、お祝いの言葉も無しにそんな一言ラインが届いた。
彼から最後に連絡があったのは1年以上前の事だ。
ツールでの事故の真相が明らかになった後、お礼のラインが来た。あの時は返信はしなかった。
あの時のラインは、たぶん8年ぶりに来たものだったと思う。
今回、凪はその短い一言に返信しようかどうしようか迷ったが、思い切って一言だけ入れた。
「大丈夫じゃないよ」
既読は付いたが、その後返信は来なかった。
今、凪には相談できる相手がいない。いつもはリュカかニコがルームメイトになるが、このブエルタはダブルエースで臨む事になって、若手のアシスト選手がルームメイトになっている。
優勝ゴールを決めた後、リュカもニコも「おめでとう!」と言ってハグしてくれた。
けど、それだけで、特に何かを話したわけでもなく、2人の心の内は分からない。
プレスインタビューの記事にはこんなふうに書いてある。
ニコへのインタビュー
「ナギの優勝は自分の事のように嬉しいよ。昨年のツールや今年のジロでは彼にたくさん助けてもらったから、今度は俺が、今一番マイヨロホに近いナギを助けたいな」
リュカへのインタビュー
「トリプルエース、3人ともマイヨロホの可能性があるって事だ」
ニコはいつも表向きはそんな事を言うけれど、自分が狙っているに違いないと思う。
リュカはどうだろう?
どういうつもりで、いきなりこのブエルタに参加表明したのかさえ分からない。
チームの為? ニコの為? 自分自身の為?
いつもなら、そんな話も直接本人に聞けるのに、今回のリュカはそういう雰囲気じゃない。誰も寄せ付けないようなオーラを感じる。
監督からはこう言われている。
「お互いが足を引っ張り合う事だけはないようにしながら、3人共自分の成績だけを考えろ。
ナギも同じだ。リュカとニコをアシストしようとしなくていい。今はその方が戦略が広がるし、結果的にそれが一番のアシストになるはずだ」と。
随分と時間が経ってから朝陽からのラインが入る。
「出そうかどうしようか迷ったけど、思い切って出す事にした。
今更、俺がとやかく言うのも何だし、全然スルーしてくれて構わないから。
ただ、ナギが大丈夫じゃないって言ってるのに、放っておく事も出来なくて、俺の気持ちだけでも書いておくよ」
「今、日本のサイクル界は恐ろしく盛り上がってる。ナギはこの勝利を心から喜べないかもしれないけど、大袈裟じゃなくて、このナギの勝利に生きる勇気を与えられた人が沢山いるって事を知ってほしい。
あ、俺もまだお祝いの言葉を言ってなかったから、言わせてくれ。
ナギ自身の初の勝利だ。本当におめでとう!
ほら、いつも誰かの陰で頑張って誰かを支えている人達って案外多いだろ? 日の目を見る事なく頑張っている人達が、凪に自分の姿を重ねて勝利を心から喜んでいる。
それにグランツールでのステージ優勝は、選手だけじゃなくて日本中のサイクルファンがずっと夢見てきた事だ。
ナギが初めて見たインターハイで俺の勝利を応援してくれたように、チームじゃなくてナギを応援している人は沢山いる。
勿論、普段はアシストとして頑張っているナギを応援してるんだけど、トリプルエースの中の1人になった今は違う。
ナギは根っからのアシスト選手で、それを生き甲斐としている選手なのかもしれない。
でも覚えているか?
俺が、俺の人生をアシストしてくれって言った事。離れてからも、お前の頑張りはずっと俺を支えてくれていた。
俺だけじゃなく、ナギの走りが多くの人達の人生をアシストしているんだ。
今はナギが自分自身の為に走る事が、そんな人達への一番のアシストになるんじゃないかな。
まだまだブエルタはこれからだ。
この先どう動いていくかは誰にも分からない。
この先、リュカやニコのアシストをする事になるかもしれないけど、今はエースのひとりとして、出来る事を精一杯やっていけばいいと思う。
ま、ナギが決める事だ。
俺はナギがどんな選択をしたとしても、その選択を応援してるから。
見てるぞ。頑張れよ!」
朝陽‥‥‥
「ありがとう。僕、精一杯頑張ってみるよ。見てて」
凪は何回も朝陽の文章を読み、それだけを返信した。
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