束の間の時間
「リュカ! マイヨジョーヌ見せてよ。すげ〜な〜。そうだ、今のうちに写真撮ろう。それ、着てよ」
「なら、ナギは敢闘賞の盾を持てよ」
「なんか、恥ずかしいな。自撮りでいくよ」
リュカは凪の肩に手を回した。
今日の宿に入って、シャワーを浴びた後、マッサージまでの束の間の時間を2人は楽しんでいた。
「ナギ、お前の走り、本当に凄かった。俺はただただついて行くだけで精一杯だった。
ここのゴールは特別だ。本当は手を取り合って、ナギを先にゴールさせたかった。悪かった」
「ホントだよ。僕の名前がコーナーに刻まれる一世一代のチャンスを逃してしまったよ」
リュカを笑わせようと思って言ったのに、リュカが笑ってないのを見て凪は焦った。
「冗談だよ。リュカを1秒でも早くゴールに届けたかっただけだから。これ以上何を望むもんか」
「サンキュー。ナギならまだまだこれから名前を刻むチャンスはある」
「アドレナリンが出まくっていて、ほとんど何も覚えていないんだ。
もう一度やれって言われても、もう2度とこんな走りを出来る気がしないよ」
「そうだろうな。でもナギの心と身体には今日の走りがしっかりと刻み込まれてるから大丈夫だ。ナギはもっと凄い事が出来るさ」
とてもそんなふうに思えなかったが、リュカがそう言ってくれる事はとても嬉しかった。
「おい、ナギ、マイヨジョーヌ着てみよろ」
リュカはそう言いながら、着ていたそれを脱いで僕に渡した。
「え? いいの? え? だめだよ」
僕が言うと「俺たちのマイヨジョーヌだから」とリュカは言った。
僕はそれを着て、まじまじとジャージを見た。本物のマイヨジョーヌだ。全ての選手が憧れる夢のジャージ。僕のものではないけれど、リュカは俺たちのマイヨジョーヌだと言ってくれた。
ラルプデュエズのあの光景が蘇ってきて、その余韻に浸っていると名前を呼ばれた。
振り返るとカシャッとシャッター音がした。
「いい写真が撮れた」とリュカがニコニコしている。
「何するんだよ。ダメだよ」
僕がリュカのスマホを奪い取ろうとすると、リュカはサッとよけてまたその写真を見た。
「誰にも見せたりしないから大丈夫だ。これは俺だけのコレクションだ」
多くの事を語らず、いつもは厳しい顔をしているのにそんなふうに笑うリュカの事を、悪いけどちょっと可愛いと思ってしまう。
僕にだけ見せる顔なのかと思うと少し嬉しくなる。僕はそんなリュカが大好きだ。
幸せ気分に浸りながら僕はベッドに飛び込んだ。
「あ〜、僕はもう抜け殻みたいだ。もうこのまま少しも走れる気がしないよ」
「そりゃそうだよな」と言ったリュカの声は少し寂しそうに聞こえた。
僕はハッとした。
有頂天になっていた。
今日でツールは終わりじゃない。
これから僕たちはこのマイヨジョーヌをしっかりと守り抜かなくてはならない。
「ごめん。リュカ。調子に乗って。今日で終わりじゃないのに」
「なあナギ、今日ナギはお前の仕事を全うした。俺は今朝『今日で終わってもいいから』とナギに言った。だからそれでいいんだ。
明日から俺の本当の仕事が始まる。チームで勝ち取ったこのジャージを守り抜く事が俺の
でも、俺も正直かなりいっぱいいっぱいだから、出来るなら、ナギが少しでも力を回復できたら、明日からも力を貸してほしい」
今日、こんなにクレージーなレースをしたのに、明日からリュカの本当の仕事が始まるなんて。
エースの責任、強さを改めて思い知る。
「勿論だよ。リュカの、僕たちのマイヨジョーヌを死ぬ気で守り抜く。誰にも渡すものか。最後まで出来る限りの事はやらせてください」
浮ついた夢心地は葬られた。
「今日の夜は身体が
リュカはそう言って冷却シートを凪に向かって投げた。
その日の夜、凪はそれを張りながら、少しでもちゃんと回復して下さいと願いを込めながら脚をさすった。
凪の枕元にはマイヨジョーヌが、リュカの枕元には敢闘賞の盾が置かれていた。
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