道を切り開く

 さあ、ここからタイムトライアルだ! と言わんばかりに凪は腰を上げて加速していく。


 凪とリュカの一糸乱れぬ連携を見て、それにに付いていく選手達と、早過ぎるペースに惑わされまいとあえて自分のペースで行こうとする選手達と、グループは2つに割れた。


 前は凪、リュカ、現在総合5位の選手とステージを狙う選手が2人。

 後ろは総合2、3、4位の選手と総合2位の選手のアシスト選手だ。



 凪はラルプデュエズをレースで走るのは初めてだ。ツールに毎年組み込まれている訳ではない。

 試走では走っているが、本番はまるで違うコースになると聞いていた。

 テレビでは鈴鳴りの観客の中を大声援を受けながら走っていく選手達の姿を何度も見ている。



 凪は既にただならぬ雰囲気を感じていた。上の方からあちこちで歓声が聞こえ、人々の熱を感じる。

 僕はこの大観衆の中を先頭で思い切り駆け抜けてやるんだ!



 急坂区間を終えて、最初の21番カーブがやってくる。コーナーは緩くて加速できるしリズムを変えられるから、凪はコーナーの多い上り坂が好きだ。


 コーナー毎に、国旗を掲げた各国の応援団が占拠し、異様な盛り上がりを見せている。

 とんでもない数の大観衆が山頂までの道のりに集結し、選手に大声援を送っている。


 凪は夢中になってただひたすら前へ前へと進んでいく。

 ただ1つの気配だけには気を配りながら。

 リュカだけでいい。他の選手はどうでもいい。ついてこられるならついてきてみろ。


 地鳴りのような中を走っている。

 先導バイクの姿だけが頼りだ。

 凪の前に道は無い。

 群衆を掻き分ける。時々何かが身体に触れる感触がある。


 オレンジ一色に染まったコーナー。

 オランダコーナーと呼ばれる有名な7番コーナーだ。

 残るは6つのカーブのみ。ここで初めて凪はゴールまでの距離を知る。



 どいてくれ!

 アドレナリンが出まくっているのに恐怖を感じる。

 真っ暗闇の中を全力で走っているようだ。

 邪魔するな!

 その一方で観客の熱が恐ろしいほどに自分の力になっているのも感じている。



 コーナーを抜け、少し観客が途切れた所で初めて後ろを確認すると、リュカと2人だけになっていた。

 この大観衆を僕たち2人が独り占めにしている。そう思うと鳥肌がたった。

 一瞬、現実に戻ったように激しい苦痛を感じる。


 負けるな。耐えろ。やり抜け。

 まだまだ僕が先頭を走るんだ!

 1秒でも多く後続に差をつけろ!



「フルガス!」

 全力で行けとリュカの声がする。


 2番コーナーを抜けるまで凪は先頭をひき続けた。

 リュカが凪の背中を1度だけポンと叩き、羽ばたいていく。

 最後は平坦基調。リュカは飛ぶように駆け抜ける。



 ゴール地点。

 何時間も何時間も、ずっとゴールを待ち受けていた群衆に熱狂の渦が出来る。

 リュカは最後まで全力疾走だ。

 ゴールは手を上げる事もなくハンドルを投げた。

 1秒でも無駄にはできない。



 少し間をおいて、凪が片手で握りこぶしを掲げながらゴールラインを越えた。


 やりきった。

 後続との差は分からない。

 凪もリュカもとっくに無線を外していた。



 凪が向かうその先でリュカとスタッフがハグを交わしている。


 僕に気がつくと、2人は両側から抱きついてきた。

 一瞬、意識が飛びそうになったが、この幸せな瞬間を奪われてたまるかと踏みとどまる。

 このままこうして支えられたまま身を任せていたい。


 もういいよ。崩れ落ちて夢の中に引きずり込まれたい‥‥‥。



「リュカがマイヨジョーヌだ!」


 監督の声に覚醒する。

 スタッフが僕を支えながらバイクを取り除いてくれた。


 リュカが僕をグッと抱き寄せる。僕もリュカの背中に回した腕にグッと力を込めた。


「リュカ、お、おめ、おめでとう!」

「ナギ、ほ、本当に、す、凄かった。ありがとう。俺たちが、マイヨジョーヌだ!」


 2人の呼吸は荒いままだ。言葉も途切れ途切れ。

 苦しくて震えているのか? 嬉しくて震えているのか?

 涙と汗でぐちゃぐちゃだ。




「クレイジーだ。何もかも」

 まだ信じられない。

 凪が放ったその言葉が、このレースのすべてを物語っていた。

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