ラルプデュエズ

 ツール・ド・フランス。


 黄色のジャージ『マイヨ・ジョーヌ 』を賭けた争いが始まった。


 グランツールの中でも最も世界的に注目されていて、世界最大の自転車レースと言われている。


 今年は特にスター選手が勢揃いだ。

 リュカも優勝候補の1人ではあるが、本命視されているのはツール2連覇中のコロンビア人、ケビン選手。

 若い選手達の台頭も著しく、リュカを含め数名の力は拮抗している。


 厳しい戦いになるのは必須だ。

 リュカとナギは1年前のあの日からここでのリベンジを誓い、日々全力を尽くしてきた。

 全てをここで出し尽くす!




 序盤から総合狙いの選手達による見応えのある白熱したレースが続いていた。誰もが予想しない所でアタックがあったり、1秒でもタイムを稼ごうとボーナスタイムを狙ってスプリントに参加したり。

 総合勢の動きがないというステージが1つたりとてない。


 予想通り、2週目が終わっても混戦模様で誰が勝つか全く分からない。

 総合6位までの選手が2分以内にひしめいている。リュカは現在6位だが、まだ逆転のチャンスはある。




 休養日明けの日がなんと今大会のクイーンステージだ。

 3連続超級山岳の登場で、その獲得標高差は5千メートルにも及ぶ厳しさ。

 そしてゴールはあのツールの代名詞とも言える山、ラルプデュエズだ!



 ラルプデュエズはフランスアルプス山系の高原リゾート地で冬季はスキー場が開設される。

 登坂距離13.8キロ、平均勾配は8.1 パーセント。


 頂上までに全部で21のヘアピンカーブがあり、下から21番カーブ、20番カーブというように番号が刻まれている。そしてそれぞれのカーブには過去のツールでのステージ優勝者の名前入りパネルが立てられている。

 歴史的な名選手が名を連ねているのだ。

 ここに自分の名が刻まれる事を夢見て、このステージに賭けてくる選手も多くいるに違いない。


 そしてこのラルプデュエズで有名なのは、何と言っても観客の多さとその熱狂的な応援だ。




 このクイーンステージを越えてもまだまだ厳しいレースは続くが、山頂ゴールは最後だし、チーム・アンドゥはこの日に勝負をかけるつもりだ。

 それはこのツールが始まる前から考えていた作戦の1つであった。


 休養日明けというのはチャンスにもなり得るし、ピンチにもなり得る。

 リュカと凪の調子が良ければ、チーム一丸となって攻めていこうと監督は言った。


 総合争いの選手以外にもこのステージを狙っている選手たちが前半から逃げるはずだから、それを利用して出来るだけ厳しいレースを作っていく作戦だ。

 自分達も足を使うがライバルチームにも足を使わせる。


 上位6人のうちバッドデイに当たる選手もいるかもしれない。その中で協調関係が築ける事もあるだろうし、上手くいけば最後はリュカと凪で行けるだろう。



 レース当日の朝、リュカは凪に声を掛けた。


「ナギ、お前は今日で終わってもいいから全力を尽くしてくれ。頼むぞ」


 リュカからは今日に懸ける並々ならぬ静かな闘志を感じられる。




 レースは予想通りスタート直後から激しい展開になった。

 アタックが起こると、チーム・アンドゥの選手達がリュカと凪を引き連れて追走する。リュカが動けばライバルチームも見逃すわけにはいかない。

 逃げは容認される事なくメイン集団のペースは上がり、出だしからどんどんと脱落者が出ていった。



 その後もメイン集団は人数を減らしていき、2つ目の超急山岳に入って間もなくの頃、異変が起きた。


 マイヨジョーヌが苦しそうだ!

 今回一番の大本命、現在2位の選手に1分差をつけているケビンが集団の後方に下がり、あえいでいる。

 その情報はすぐにライバルチームに伝わった。

 総合を争っている他の5人にとっては最大のチャンス。

 利害の一致したチームは協力し合ってペースを上げた。

 ケビンはついていけない。総合優勝争いからここで脱落か?


 頂上で先頭集団は9名になっていた。総合争いをしている5人と凪と他チームのアシストが1人、このステージを狙っている単独の2人だ。

 ここでケビンとのタイム差を少しでも大きくしておきたいので、下りもその後の平坦も協調体制が続く。



 いよいよ最後の勝負の山、ラルプデュエズに入る。リュカも凪も絶好調でここまで走れている。

 泣いても笑っても、ここが最後。

 あと13キロ、40分足らずで決着が付く。

 頂上に続く幾つものカーブが見えている。先頭集団に緊張感が走る。



 いきなり勾配がきつくなる。

 第1コーナーまでは最初の我慢所だ。後半の為にまだ力は残しておきたい。

 ここでケビンは既に大きく遅れているという情報が入る。


 ここまでの協調体制が突然崩れた。

 一瞬のお見合い。スピードがガクッと落ちる。

 誰が前を引くんだ?



「リュカ、僕が先頭を思い切り引くから付いてきて!」

 皆の耳に届く凪の声。


 リュカはニンマリした。

「頼んだぞ!」


 以前にもこんな事があった。

 宣戦布告。凪は相当調子が良いのだろう。

 リュカは凪の後ろにピタリとついた。

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