シーズンの幕開け

 ロードレースシーズンが終わると短いシーズンオフに入り、ひとまずホッと出来るが、すぐに来シーズンに向けての準備が始まる。

 チーム内で様々な話し合いが行われ、監督は選手各々の希望を聞きながら、誰がどのレースをメインに走るかスケジュールを立てていく。


 まだ公表はされないが、年が明けないうちにチームミーティングで大まかなスケジュールが発表された。

 3つのグランツールについて、エースはジロとブエルタをニコ、ツールをリュカにする予定だという事。

 勿論、事前の調子次第でまだまだ変更はあり得る。


 そして、チームの最大の目標はこのグランツール全てを獲るという事だ。

 1チームが同年にグランツールを全制覇するとなると史上初の快挙となる。

 今年はそれが可能であり、最大のチャンスだと監督は言った。


 凪のスケジュールにはこの3つのステージレースが組み込まれていた。

 1年のうちにグランツールの中の2レースに出場する選手もいるが、過酷なこのレースを1つ走るだけでも大変な事で、3つとなるとそれが出来るのはごく僅かな選手だけだ。

 5月、7月、9月、それぞれ3週間‥‥‥。


 凪はこれまで、同じ年に2つは走った事はあるが、3つとなると未知数だ。

 まあ、ブエルタはまだ考えなくて良いと言われた。ジロとツールは何か問題が起こらない限りほぼ出場は確定で、特にツールでは大きな期待を掛けられている。

 リュカと挑むツール。昨年のリベンジでもある。凪はそれが楽しみで仕方ない。



 シーズンが始まるまでにチーム合宿が何回か行われ、若いニコは成長著しい。上りのインターバル走にもかなり耐えられる能力が付き、今年は期待出来る。


 凪もニコのあらゆる面を知るようになり、コンビネーションも更に良くなっている。



 凪自身にもこれまでにない良い兆候が表れ出していた。

 昨年のツールでニコの走りを見ながら走っていた時に、平坦をうまく走るコツみたいな物を少し掴んだ。

 元々変化のない平坦やT.T.が得意ではなく、アシストとしてそこはあまり必要とされていなかったので特に強化もしてこなかった。

 凪自身、アシストに徹した事のご褒美のような気分だったが、思わぬ所で自分の新たな可能性を感じられるのは嬉しい限りだ。


 合宿でもT.T.の練習をするニコの後ろにつかせてもらって自らも少し強化した。

 やはり格の違いを見せつけられたが。


 リュカにもからかわれた。

「ナギもやっと総合を狙う気になったのか?」と。


 凪は「今に見てろよ。立場逆転してやるから」と冗談で返したが、リュカはまんざらでもないと思っていた。


 ★


 ジロ・デ・イタリア。


 ツール・ド・フランスの総合優勝者には黄色のジャージ『マイヨ・ジョーヌ 』が与えられるのと同じように、ジロではピンク色のジャージ『マリア・ローザ』が与えられる。


 今年のジロはあまり役者が揃っていない。ツールにフォーカスする選手が多いようで、ニコにとっては好都合だ。


 ニコは昨年より一段階、力を上げたし、T.T.でアドバンテージがある。凪も調子良く、優勝候補の選手達にタイム差を大きく付けられないように確実にレースを進めていった。


 3週間は長い。

 バッドデイと呼ばれる日を選手たちは恐れている。

 好調な選手が突然失速する。


 3週間も毎日毎日厳しいレースをやっていれば、調子が悪い日もやってくる。特に原因が見つからなくても、大抵の選手は1日位はそんな日がある。

 限界ギリギリのレベルで競い合っている中で、少しの不調が大きな差となり、たった1日で総合優勝争いから脱落してしまう事も少なくない。


 アシスト選手であれば、そんな日は制限時間内にゴールすれば良くても、総合を争う選手はそうはいかない。

 そんな日をライバル選手に悟られないようにしながら、上手く立ち回って、チームの力を使って最小限の傷に留めなければならない。


 今日のニコは大丈夫か?

 凪もニコに気を配りながら一日一日集中して過ごす。

 みぞれの降る過酷なステージも上手く乗り越えた。


 そして作戦通りニコは2週目最後に行われた得意のT.T.でマリアローザを奪い取った。

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