事故の真相

 このツールの期間中、凪にはレース以外にもうひとつやらなければならない事があった。

 4日目に起きた事故の真相を知る事。イコール、朝陽は事故の加害者ではなく、被害者だという事を証明する事だ。



 ツール後半、ニコが活躍し、アシストとしての動きを高く評価されて凪がインタビューを受ける事が多く、その度に伝えていた。


「あの事故の真相を知りたいから、現場にいた人達の情報が欲しい。遠目から見た観客を含めた全体像が分かる写真や映像が欲しい」と。


 SNSは炎上し続けていたが、よく見ると嫌な書き込みばかりではない事も知った。


「誰かに押されて身を乗り出してしまったって事も大いに考えられる。それで犯人扱いされていたら可哀想過ぎる」


「現実を知らないでいい加減な事を言う人達が許せません。きっともうすぐ真実が分かるはず。ナギ、頑張って!」


 たくさんの嫌な書き込みの中に、たまにそういうのを見つけると、これまた凪は泣きたくなってしまうのだった。


 そしてツール期間中はこんな事には絶対に惑わされないように、自分のレースにより一層の集中力を注いでいた。




「現場にいた者です」

 ついに遠目からの映像と共にそんな投稿が入った。


「やっと決心がつきました。本当にごめんなさい。私たちはあの場所で仲間5人で観戦していました。少しお酒も入っていて、テンションが上がり、集団が来るのをスマホで撮ろうと皆やっきになっていました。加害者となってしまっている方の後方にいた私たちが彼を押し出す形となってしまいました。

 仲間が撮っていた映像にその様子がしっかりと納められています。


 私たちもロードレースが好きで、やっと現場でレースを観れる事を喜んでいたのに、目の前で起こってしまった事が信じられませんでした。

 そして起こしてしまった事が怖くなって今まで何も言えませんでした。

 まずは警察に連絡するべきかと思いましたが、凪選手の思いをずっと感じていたので、まずこちらに書き込みました。

 すぐに警察にも連絡を入れます。


 謝ってすむ事ではありませんが本当に申し訳ございませんでした。

 怪我をされた選手の方々、リタイアに追い込まれたリュカ選手、そして加害者とされてしまった方、関係者の方々に深くお詫びを申し上げます。


 傷ついてしまった方々が一日も早く健康を取り戻される事を祈っています」



 ツールも残す所わずかとなった頃、こうしてこの事故の真相は明らかになり、朝陽もようやく取り調べから解放されたのだった。


 凪は心からホッとした。

 と同時に、事故が起きたあの日、朝陽に疑いの目を向けてしまった自分を責めた。憔悴し切っていた朝陽を哀れだと思い、励ましの言葉さえ掛けてあげられなかった事を悔いた。

 プロになった自分は今の朝陽とは違うんだとおごり高ぶっていた。


 朝陽、許してくれ。

 もう、あんなふうに自分を責めちゃダメだよ。そして僕はもう決して君を疑う事はしない。何かあったら僕が守ってあげるから。約束する。

 心の中で凪は朝陽に誓った。



 そして、改めてリュカへの感謝の気持ちが溢れた。

 あれだけ懸けていたこのツールをこんな形で去る事になって、手術をする大怪我を負ったにも関わらず、怒りの言葉や弱音を一言も吐く事なく、チームを、僕を見守ってくれていた。


 リュカははっきり言って怖い。厳しい言葉をズバズバと言う。言葉だけを聞くと「え?」って思う事も色々あるけれど、言葉の意味をよくよく考えていくと、深い意味が込められている事に気づく。


 今回、僕がどん底に陥っている時にリュカが声を掛けてくれなかったら、今頃はどうなっていただろう。

 集中力を欠くレースで大落車をして本当に命を失っていたかもしれない。

 そこまではいかなかったとしても、最後まで走る事なんか出来なかっただろうし、朝陽の事もどうする事も出来なかっただろう。


 リュカ、本当にありがとう。

 僕がリュカに対して出来る事はレースで一生懸命にアシストする事しかないけれど、精一杯にやるから。

 来年のツールでリベンジだ。

 その為に僕自身はもっともっと強くなってやる。

 心の中で凪はリュカに誓った。

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