職人わざ

 ニコはレース中に特に目立った動きは無いものの、第2週目を終えて総合8位にいた。

 得意のT.T.はイケイケで3位に入り、グッと順位を上げたのだ。


 ニコ自身は満足していない順位であるが、アンドゥの監督やチーム員は実際の所かなり驚いている。


 凪は今の所、ニコに対してアシストらしいアシストをしていない。

 ニコのそばを走りながらずっと彼の事を見てきた。


 チームミーティングの中で監督は凪に問いかけた。

「ニコはいけそうか?」


「はい。マイヨジョーヌは無理でも表彰台くらいなら‥‥‥」


 凪がそういうと皆が笑った。あの時のミーティングで言ったニコの言葉をふざけて言ったのだと思ったのだろう。

 でも凪は真剣だった。

 ニコは凪が自分を信頼してくれているんだと思った。


 ニコはT.T.が得意なように、マイペースで押し切る力が優れている。

 山でアタックが掛かってもそれに反応せず、ペースを保って追いついていくタイプだ。

 急激な速度変化は体力を削る。省エネ走法は結果的に優位になる事もあるけれど、勝負が掛かった時には行かなければならない事もある。

 少年時代からパワーメーターと睨めっこしながら、自分の出せるパワーを上げてきたニコは、科学的なデータに基づいて走っている。


 凪は考えていた。

 そこには良い面もあるけれど、それだけではダメなんだという事を頭だけでなく、身体に覚え込ませなければならないと。


「ニコ、やってみたい事があるんだ。山は僕に任せてくれないか。

 君がついてこられるペースで、君が一番走りやすいように走るから、僕から絶対に離れるな」


 ★


 退院し、自宅のテレビでツールを見ていたリュカは驚いていた。あの電話以降、凪の走りは別人のようになっていた。


 ツールが3週目に入った時、リュカの驚きは一層大きなものとなった。

 ニコが2人いるようだ。

 ニコを導く凪のフォームがいつものそれではない。


 凪のフォームは俺とそっくりなはずだ。何年も何年も俺と一緒に走る事で、俺が一番走りやすいように凪が作り上げていったフォーム。その後ろにつくと本当に走りやすい。


 今、凪はニコのフォームで走っている。しかもニコの殻を破らせるようにニコをギリギリの所で走らせている。

 そんな事が出来るものなのか?



 凪は俺だけにではなくて、ニコにもこんなアシストが出来るのかと思うと、正直残念でならない。

 しかもこんなに短期間で‥‥‥。

 俺たち2人で作り上げてきたものは何だったのか?


 しかしそれと同時に、アシスト選手としての凪へのリスペクトの気持ちがより大きくなった事も確かだ。

 凪は仕事として、ここまで出来る選手なのか?


 凪にはまだまだもろさがある。

 しかし、しっかりとしたを持ち合わせ、集中できている時の凪は本当に強い。

 良し悪しは別として、精神が走りに直結して、走りで表現してしまう魅力的な選手だ。

 リュカにとって、ここまで自分を惹きつけた選手は初めてだった。




 ニコは最終的に総合3位となり、皆を驚かせた。

 ライトアップされた凱旋門をバックに華々しく表彰台に上がるニコ。

 新人選手らしからぬ堂々とした振る舞いで笑顔で手を振っている。


「期待の新人」

「ニューヒーロー、ニコ!」


 メディアも騒ぎ立て、甘いマスクと相まって人気も急上昇だ。


 しかし経験豊富な上位2人の選手とは違い、ここに立つ重みをあまり感じていないように見えるのは気のせいなのか?


「エースのリュカがリタイアした時、俺はエースにしてもらえたら表彰台くらいは狙えるって思っていたんだ。誰もそんなふうに思っていなかったと思うけど。

 でも、俺は今回、自分の実力と、アンドゥのエースはリュカだけじゃないって事をを証明できた。

 リュカは残念だったけど、チーム員達も俺が表彰台に上がれて、頑張ってやってきた仕事が報われたんじゃないかな。俺も皆に感謝している。

 これから何年も何回もここに上がる事が出来るように頑張っていくよ」


 ニコのインタビューは何か上から目線で話しているようで、特にリュカには、気に食わない奴というような印象を与えてしまった。



 凪は今回、自分自身への挑戦をやりきれたという思いに浸っていた。

 ニコをアシストする事に徹し、彼が目標に掲げていた表彰台の一角、総合3位に導く事が出来た。

 そして僕は、相手がリュカでなくてもきちんとアシストできるという事を証明できたと思う。


 朝陽はこの結果を見てどう思うだろう。

 そして、リュカはどう思うだろう。

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