新たな挑戦
そんな凪の元に入院中のリュカから電話が掛かってきた。
最悪だな、と言われた。
ナギの不調は落車の怪我の影響って事も無さそうだな、と言われた。
こんな集中力を欠いたレースを続けるなら今すぐリタイアしろ、と言われた。
死ぬぞ、と言われた。
アサヒとやらの亡霊にまた怯えているのか? と言われた。
見ないようにするから亡霊を見るんだ。アサヒとやらが気になるなら逃げずにしっかりと見る事だな、と言われた。
リュカが朝陽の名前を出してきた。なぜ?
その事について、リュカは何も答えてくれなかったし、僕もそれ以上の事は聞けなかった。
リュカの口調は厳しくて怖かったけれど、僕の事をリュカが気にして見てくれている事は嬉しかった。
電話ではひたすらリュカの言う事を聞くだけで、自分からは何も言えなかった。
電話を切ってから言われた事をひとつひとつ噛み砕いていった。
こんな集中力を欠いたレースを続けるなら今すぐリタイアしろというのは、最もだと思った。
死ぬぞ、と言うのも大袈裟ではない。
ここで切り替えられないのなら、やめた方がいい。
『アサヒとやらが気になるなら逃げずにしっかりと見る事』
これってどういう事だろう?
僕は一番気になるものをずっと封じ込めて、事実を見ないようにして、逃げてきた。
そうする事で何とかやっていけると思っていたけれど、そうではないのか?
本当はちゃんと考えたかった。なぜあんな事故が起こってしまったのか。映像もしっかり見たかったし、朝陽はどんな気持ちだったのか、そして今どんな気持ちでいるのか。
もうリタイアしてもいいと思った。そのつもりでしっかり考えようと思った。
封じ込めていた朝陽との高校時代の思い出も次々と引き出していった。
涙が止まらない。
朝陽‥‥‥大好きだった朝陽。
事故の後、朝陽はあんなふうに言ってたけれど。僕はあんなふうに言ってしまったけれど‥‥‥
朝陽がそんな危険な観戦をするはずがない。
ましてや、いくら僕たちに嫉妬心を抱いたとしても、故意に事故を起こそうとするはずがない。
朝陽はあんなに自転車レースが、ロードレースが好きなんだから。
考えれは考えるほどそれは確信に変わっていった。
これは朝陽が起こした事故じゃなくて、朝陽も事故に巻き込まれたんだと。
なぜもっと早く気づかなかったのだろう。
あの場で僕は朝陽を勇気づけてあげる事が出来たはずなのに。
あんな事を言って、逆に彼をもっと傷つけてしまっただろう。
ごめん。本当にごめん。
だけど、まだ、きっと僕に出来る事があるはずだ。
走るよ。明日から心を入れ替えて全力で。
翌日、凪はニコに付きたいと監督に申し出た。
これは面白い挑戦になるかもしれないと思った。アシストの血が騒ぐ。
リュカだからいいアシストが出来るんじゃなくて、リュカじゃなくてもいいアシストが出来るって事を証明したい。朝陽にそれを見せてやりたい。
それから、あの事故は朝陽が起こした事故じゃなくて、朝陽も巻き込まれた事故なんだっていう事を僕が必ず証明してあげるよ。
朝陽の人生をアシストする事が僕の1つの使命だったじゃないか。今は朝陽にとって、それが一番必要な時だ。
朝陽、待っててね。
さあ、こうなったら少しでもニコの事を多く知らなければならない。
凪は早速ニコをルームメイトにしてもらった。
ニコは6歳も歳下だ。
リュカは僕より5歳上だから、リュカとニコは一回り近く歳の差がある。
21歳といえば、僕が初めてブエルタに出場した歳だ。
あの時、僕は何とか完走したけれど、走るだけで精一杯で何度も転んでチームの為に何も出来なかった。
その歳で表彰台を狙うなんて考えられない。しかもここはツールだ。
まあ、ニコは同じ21歳と言っても、その時の僕とはキャリアが全然違うのだけど。
ニコがこのチームに加入してから1年半位になるけれど、合宿やレースで何回か顔を合わせたくらいなので、彼の多くを知っているわけではない。
ジュニア時代にT.T.の世界チャンピオンになっているくらいだから、独走力が高い事は知っている。
自己主張をしっかりとしてくるし、マイペースという印象が強い。
あまりストイックという感じはなく、今どきの若者という感じだし、どこまで合わせられるかは未知の世界だ。
ニコは背丈は僕とあまり変わらないが、もう少し筋肉量が多くガッチリしている。
男らしい身体にクリッとした目が印象的な可愛い感じの顔をしている。女性にはモテそうな雰囲気だ。
凪は自分の方からあまり話しかける人間ではないし、ルームメイトとなっても同じ空間にいるというだけだ。
だけどそれが大切なんだって事を朝陽とリュカから学んでいた。
ずっと見ているだけで、分かってくる事、感じられる事はたくさんある。
凪は人の心を感じる能力に長けている。
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