リュカの守り人
大切な決戦の日、凪は金縛りに合ったように身体が動かなかった。
最後の山に入る1つ前の山で集団についていく事も出来ず、千切れた数名のグループで山を越え、最後の山を登った。
途中でリュカは総合順位を1つ下げ、4位になったと無線が入る。
表彰台からも脱落とは。
全部僕のせいだと凪は打ちひしがれた。
それでもゴールを目指さなくてはならない。集団から遅れていても観客達は大きな声援を送ってくれている。6人のグループの中で淡々と上り続けた。
ゴールまで残り2キロ地点の所には多くの観客が集まっていた。そこからゴールまでは沿道での応援を規制されているからだろう。
そこに亡霊がいる気配がした。僕は怖くなって集団の後方に隠れるように下がった。
朝陽がいる。何でいるんだよ。あれは亡霊なんかじゃなくて、本物の朝陽だ。どこまで僕を苦しめるつもりなんだ?
僕はサングラスをかけているから、顔を前方に向けたまま、横目で朝陽を見続けた。朝陽は僕だけを見ていたが、一言も声は出さなかった。
僕はそのまま振り返りもせず通り過ぎた。
朝陽は僕が気づかなかったと思ったはずだ。
何も言われなかったけれど、朝陽の心の声が聞こえた。
「しっかりゴールしろよ」という声が。
凪はそれだけはきちんと果たした。
ゴール後は何もかもが情けなさすぎて涙も出なかった。
★
レースが終わって、凪はこっぴどくリュカに説教を食らった。
「お前はどういう気持ちで俺をアシストしている?
一番必要な時に俺のそばにいる事の出来ないアシストなんて最低だ。
アシストは今のナギにとっては、ただの仕事なのか?
走る能力があるだけでは優秀なアシスト選手にはなれない。例え優秀なアシスト選手でも、それを仕事としてしか出来ないのなら俺の最後の砦にはなれない。
本気で俺の最後の砦になるつもりがあるのなら、俺の事をもっと知ってくれ。
その覚悟が無いのなら別の役割に回ってほしい」
凪は休養日にプレスに話した事を思い出していた。
高校の時とは違って、今はアシストがチームの中の僕の仕事。そんな事を口にした。
僕がアシストして朝陽を勝たせたいと心から思い、その思いだけでやっていた高校時代。プロとなった今は思いが違うのは当然だけど、確かに仕事と割り切ってそこまで出来るとは思えない。
朝陽と接したようにリュカに接しろって事なのか?
リュカを勝たせる為に、僕はそこまで出来るのだろうか。やらなければいけないのだろうか。
それ以前に、リュカの姿に朝陽を重ねてしまうなんてプロとして本当に最低だ。
リュカは僕のインタビュー記事を見て、そしてあの朝からの僕を見て、きっと何かを感じたのだろう。
僕は何の為にここにいるんだろう。走っているのだろう。
「俺の為に」と言った朝陽の為?
最後に「自分自身の為に」と言ってくれたように僕自身の為?
2人の夢を叶える為?
凪は考え抜いた。今僕がやるべき事は何なのかを。
僕は過去ではなくて、今を生きている。
そして1週間後にリュカに告げた。
「僕の名前の
僕はリュカの前を走って風を止めてみせる。
信頼される、リュカの守り人になってみせます。
その為にリュカの事をもっともっと知りたい。出来るだけいつも近くで貴方の事を見ていたい。よろしくお願いします」と。
あんな事が二度と起きないように、朝陽の事を忘れる為にもそう言った。
その日以来、リュカのそばにはいつも凪の姿があった。
レース中も、その前後も、同じ時間を過ごす時はいつも2人は一緒だった。
あの日をきっかけに、凪は以前にも増してリュカを献身的にアシストするようになった。
冷たい雨に打たれながら濃霧を切り裂き、全神経を集中させてリュカの前を駆け下った。
容赦なく照りつける真夏の太陽を浴びながら山を上り続けた。
レースよりも厳しいトレーニングで、肉体の限界に打ち勝つべく励まし合いながら2人で走った。
2人の絆は深まった。
自分自身にも凪にも厳しいリュカだったが、凪がいい仕事をしたり、いい頑張りを見せた時はいつも必ず褒め称えた。
凪のフォームが変わり始め、リュカのコピーであるように2人のフォームはそっくりになっていった。
凪はエースであるリュカの守り人、職人としてチームに貢献し続けた。
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