アシストの天才
その翌年、プロ3年目は凪にとって飛躍の年となった。
元々優れていたクライマーとしての能力が開花。
そして何よりも高校時代に朝陽をアシストする事で身に付けた、アシストをする能力が大いに発揮された。
レース展開とチーム員の心を読み、自ら動ける力はチームの中で大きな力となった。
監督やチーム員からの信頼も厚くなり、主要レースに抜擢される事が多くなる。
そしてプロ4年目のツール・ド・フランスで大役が回ってきた。
凪は総合優勝を狙うエースであるリュカを、山岳の最終局面でアシストする仕事を任された。
ツール1週目が終わり、最初の休養日を迎える。
山岳での凪は目を見張るものがあり、絶妙なアシストを受けたリュカは現在総合2位で絶好の位置に付けている。
凪はテレビにもよく映り、「あいつは何者?」と世界中のサイクルファンからも一目を置かれるようになってきている。
休養日は沢山のプレスインタビューを受ける。その数はエースのリュカよりも凪の方が多いくらいだ。
凪はここで初めて、レースを始めたきっかけやこれまでの事を話す事となった。
その日の夜、その記事が日本のウェブサイトでも大きく取り上げられた。
【高校1年の夏の終わりに自転車部に入り、ロードレースを始めた月影凪選手は3年生の時にエースの優勝をアシストし、自らも2位に入っている。
その内容が素晴らしく、現在所属するプロチーム『アンドゥ』の育成チーム『トゥア』への加入に繋がった。
今、この厳しいプロの世界で『アシストの天才』と言われ初めているが、ロードレースを始めたきっかけと、どんな思いを持ってアシストをしているのかを聞いてみた】
ここに凪が答えるような形式で文章は続いていた。
【Aに出会って。ロードレースなんて知りもしなかった時に、クラスメイトだったAの走る姿を見て衝撃を受けて。
Aは1年生の時のインターハイで序盤から最後まで1人逃げ続けたのだけど、勝ったのは同じチームの3年生だった。Aはアシストで、僕はそういう競技なんだって事を初めて知った。
僕は強く思った。今度は僕がアシストしてAを勝たせたいって。
高校の時は、ただその強い思いだけでやっていた。
そして3年生のインターハイでそれを達成できた。
高校を卒業して、僕には次への道が開けたけれど、Aを踏み台にしてしまった。
フランスでの生活が始まって、ここまではただガムシャラにやってきた。Aに認めてもらえるような走りが出来るように。
僕のゴールは分からないけれど、まだ自分の走りに納得できてないから、Aも納得していないと思う。
高校の時、どうすれば良いアシストが出来るのかいつも考えていた。そして身に付けていった。それが僕の生きがいだったし、楽しかった。
そこで身に付けていった得意な事を、今こうして発揮してチームに貢献できている事は素直に嬉しく思う。
アシストする事は得意だし好きだ。
ただ、高校の時とは大きく違う事がある。
今はそれがチームの中の僕の仕事だって事。その違いを上手く説明する事はとても難しい。
この1週間、チームはとても上手くいっている。この調子でエースのリュカが総合優勝できるように、マイヨジョーヌを目指してチーム一丸となって頑張るよ】
朝陽はこの記事を読んで心が震えた。俺の事を初めてこんなふうに語った凪。
こんな偉大な選手になっちまって、もう俺のことなんか忘れちゃってるんじゃないかと思ってた。
あの頃の事が次から次へと浮かんできた。
凪‥‥‥
今、お前があのリュカの
観に行こうと思った。最終週の山頂ゴールの山岳ステージ。ここで今年のツールの総合優勝者がほぼ決まるだろう。
もしもそこで、リュカをアシストする素晴らしい走りを見せてくれたら、ゴールしてきた凪を思い切り抱きしめたい。
今なら大丈夫なはずだ。凪も俺も大人になった。
そう考えた朝陽は居ても立ってもいられず、早速飛行機のチケットを取った。
一方、凪からはいつもの平静さが消えていた。
海を渡ってからここまで無我夢中で走ってきて、朝陽の事を考えた事はなかった。朝陽に教わった事や彼の言葉はいつも自分の中にあって僕を奮い立たせてきたけれど、彼に会いたいとかそういう気持ちはしっかりと封印してきた。
朝陽という名前を出して、あの頃の事を口にする事で、閉ざしていたものが
朝陽‥‥‥
今、君は何をやっているのか? 僕の事をちゃんと見てくれてるのか?
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