第2部 プロ編
プロの選手に
初めて踏み入れた異国の地。
言葉も風習も環境も、何も分からない新天地、フランスでの生活。
高校を卒業したばかりの凪には先入観が何も無かった。失うものも何も無い。
世界のプロロードレース界の中でも強豪な『チーム・アンドゥ』に繋がる育成チーム『トゥア』での活動が始まっていた。
毎日必死になって自転車を漕ぎ、きちんと食べて良く眠る。
それだけで良かった。
伸び盛りの凪はトレーニングでもレースでもどんどん走れるようになっていった。
生活していく事そのものが日本とは違い過ぎて、分からない事だらけ、失敗だらけだったけれど、自転車をやる為だけにここに来たのだから、そこさえ順調であれば他の事は苦にはならなかった。
無我夢中に過ごす充実した日々はとても楽しい。
いや、楽しいというのは少し語弊があるかもしれない。
いつも心身共にギリギリの所にある。一歩間違えれば取り返しがつかない事になるけれど、ギリギリの所を責めていかなければ未来は開かれない。
家でゲームを楽しむとか、読書を楽しむとか、そういうのとはわけが違う。
苦しくて辛くてどうしようもない所を乗り越えながら、自分の殻を少しずつ破っていくような日々。生きている実感が溢れている。
それが堪らない楽しさなのかもしれない。
凪の才能はチーム関係者の目に止まった。凪を引っ張ってきたスタッフの青山も鼻が高い。
凪は僅か1年、20歳でプロ入りを果たす事となる。
育成チームの『トゥア』の中にも凪よりも即戦力になりそうな選手は何人かいたのに、凪が選ばれたのは今ある力よりも伸びる可能性を買われたからだ。
自転車を始めてわずか4年。
幼い頃からプロロードレーサーになる事を夢見て一心不乱に取り組んできても、そこに辿り着けるのは極わずかな限られた者だけだ。
それなのに大した夢も見ず、いつの間にかそこに辿り着いてしまう凪のような者もいる。
何とも理不尽なように思えてならない勝負の世界。
しかし凪は知っている。
今ここに僕がいるのは、
僕が実際乗っているのはたった4年かもしれないけれど、朝陽のやってきた15年と合わせれば、19年分のものが詰まっている。
だから理不尽だとは思わない。
それはこの先、僕がどこまで行こうとも忘れる事はないだろう。
『チーム・アンドゥ』
凪が自転車を始める前に、朝陽と一緒にテレビで見た『ブエルタ・ア・エスパーニャ』。
朝陽の憧れのチームであり、若手のアシスト選手リュカが1番の推しだと言っていた。
2人で夢中になって応援した。
そのリュカが今はこのチームの絶対的なエースになっている。25歳のフランス人。
初めて顔を合わせるチーム合宿には、いつもテレビで見ているスター選手達が勢揃いしていた。彼らはテレビの中から、間違えてここに出てきてしまったんじゃないかと凪は真剣に思った。
僕はこのチームの一員としてこれからここでやっていく事になる。
本物のリュカがここにいる。
それでも僕は
プロのロード選手として、必要なものは全て与えられた。
トゥアに入った時にもびっくりしたが、アンドゥは桁違いだ。選手以外にチームで働くスタッフの多さに驚く。仕事が細分化されているというか、ひとりひとりの選手に注がれるものの多さを知る。選手以外もプロフェッショナルの集団だ。それ故に選手に求められるものも大きい。
真新しい自分にピッタリのバイク、ウエア類も、これが1人分だなんて思えない。
トゥアのウエアはアンドゥのそれに近いデザインだけれど、バッタもんというわけじゃなくても似せて作られているという感じが
ブランド品を早く着たいという思いがずっとあった。これから着るのはそのブランド品だ。
深みのある赤と緑がパッチワークのように重なり合っている斬新なデザインのウエアと、ウエアに合わせてペインティングされたヘルメットはよく目立つ。
チームでのトレーニングが始まると、最初から能力の違いに唖然とさせられ、押し潰されそうになる事が何度もあった。
いくら凪に才能があると言っても、プロのレース距離とその内容はこれまでと桁違いだ。
そんな時、朝陽の言葉が凪を救う。
「こんなのは壁でも何でもない。壁は自分で作っちゃうもんだからさ。すぐに慣れるさ。今は挑戦あるのみだ」
踏み込んだ新たな世界で、厳しいトレーニングとレースによって身体が悲鳴を上げる。それに耐え得るように新しい細胞が生まれ、古い細胞と入れ替わり、強靭な肉体が作り上げられていく。
凪は適応した。そして強くなった。
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