それぞれが考えていた事

 その日、俺は青山さんに言われた事をずっと考えていた。

「チームに入る事を勧誘したら、君たちはその道を選ぶか?」


 どうしても聞いておきたい事が抑えきれず、夜青山さんに電話をした。

 朝、言われたように育成チーム『トゥア』に入れる可能性がある日本人は1人だけなのか。

 青山さんが欲しいのは凪だけなのではないのか。


 青山さんは俺の気持ちを痛いほど感じてくれていたのだと思う。1つ1つ丁寧にきちんと答えてくれた。


 欲しいのは凪だという事。

 しかし、いくら才能があっても強い気持ちが無ければやっていく事は出来ないし、命懸けでやる必要があるから、こちらの気持ちだけではどうしようもないという事。その事は朝陽が一番よく分かっているはずだと言った。


 期待しないでほしいが、2人一緒にチームに入れる可能性も少しはあるという事。今日のレースで2人の連携は見事だったと青山さんは言った。

 もしも2人揃ってチームに入る希望があれば、2人を推薦してくれるつもりらしい。


 俺はもしも自分だけが希望した場合、自分だけが入れるという事もあり得るかを聞こうとしたが、それはやめておいた。

 否定の言葉を聞きたくなかった。


 否定の言葉しか浮かばなかった。

 あのレースを思い返せば思い返すほど自分の限界を感じる。

 今の自分はおよそ15年間、真剣に取り組み続けて作られたもので、凡人の努力の結果のようなものだ。

 凪のような才能を見てしまった今、ああいう人じゃないと世界では通用しないんだとしか思えない。


 もしも、凪と2人でチームに入れたとしたら?


 俺は身震いした。

 どうしようもない愛とどうしようもない嫉妬に苛まれ、きっと俺は狂ってしまうだろう。

 上手く出来るイメージはどうやっても浮かばなかった。


 凪は俺と一緒だったら入りたいと言うかもしれない。

 たとえ俺が愛と嫉妬に耐え抜いたとしても、凪は自分の能力を最大限に発揮できないんじゃないか。

 俺を越えてはいけないと、凪はそんなつもりはないと言うだろうけど、自然と制御してしまっている所がある。それはこれまでずっと感じていた事だ。


 凪ひとりだけがチーム『トゥア』に加入する。

 きっとそれがベストだろう。

 問題は凪にその気持ちがあるかどうかだ。

 そして、凪の活躍を見て俺が耐えられるかどうかだ。

 今、あいつに対する俺の嫉妬の気持ちはどうしようもない。


 愛する人を心から応援する。

 それが素直に出来たらどんなにいいだろう。どんなに楽だろう。


 時が経てばそんな気持ちになるのだろうか。


 ★


 一方、凪は凪で考え込んでいた。


 朝陽があんなに熱望していた世界への扉。

 その扉が開かれるかもしれないというのに、なぜ朝陽は入りたいと即答しなかったのだろうか?


 最高の形でインターハイに優勝したっていうのに、あまり嬉しそうには見えなかった。

 ゴール後も座り込んでしまって、いつもの朝陽らしくなかった。

 どこか具合でも悪かったのかな?

 僕の走り方が何かいけなかったのだろうか?


 僕は世界の舞台で走るなんて考えた事もなかったけれど、もしももっと大きな舞台で、朝陽のアシストをして勝たせる事が出来たら、今日よりもずっと嬉しいんだろうなと思う。


 今日、僕があんなに走れたのはどうしてなんだろう? 自分じゃないみたいだった。

 全ての感覚が研ぎ澄まされているように感じた。何の迷いもなく朝陽と自分を信じる事が出来た。

 あんなに苦しかったのに、あの感覚をまた味わってみたいと思う。

 もっと上の舞台で自分達の力を試す事が出来るなら‥‥‥


 レースの興奮が冷めないせいだろうか。

 身体はクタクタで早く眠りたいのに、目が冴え渡って眠れそうにない。今日のレースの数々のシーンが映像となって浮かび上がってくる。



 もっとやってみたい、自分を試してみたいという気持ちが芽生え、その気持ちはどんどんと大きく大きく膨らんでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る