朝陽、レース後の思い
「ナギは勝ちたくなかったのか?」
俺がそう言った時、あいつはこう言った。
「勝ったじゃないか。アサヒの勝利は僕の勝利でもあるんだから」と。
「最後、本当は俺に勝てただろ?」
「何言ってんだよ。僕は最後まで全力だった」
「それでも今日のレースで一番強かったのはナギだ。ナギが勝つべきだったと思うんだ」
「僕は勝ったんだ。アサヒの勝利が僕の勝利って言っただろ? 僕がアサヒに勝ってどうしろっていうんだよ。
アサヒがいたからあんな風に走れたんだ。アサヒを勝たせたい一心で、パンクからも復帰できたし、先頭グループにも追いつけたし、思い切り前を引けた。
アサヒがいなかったら何も出来なかったよ。
だからアサヒが勝って当然なんだ。
それから、パンクは僕のミスだった。あれが無かったら、僕たちもっと圧勝できたはずなのに、ごめん」
おべっかじゃなくて、凪は本気でそんなふうに言う。
世界に出ていくのはああいう奴であるべきだと思う。
俺はこのレースで凪に打ちのめされた。
俺も調子は良かったんだ。あいつはあれだけ自分の足を使っていたのに、なぜ今ここにいるんだって何度も何度も驚かされた。
あいつがいなかったら俺は勝てなかったし、あいつの走りには痺れた。愛と嫉妬の気持ちがぐちゃぐちゃになっていた。
テレビで何度か見た事がある。
そこそこ強いと思われている若手選手が、1つのレース中に信じられないような大化けをして、皆を唖然とさせるシーンを。
まさに、今日の凪がそうだった。
俺じゃない。
勝負の世界は酷だ。
物心ついた頃から自転車に乗って、世界で活躍する選手になる事を目指してそこに全身全霊を傾けてきた者が、たった2年で追い越される。
凪には世界に挑戦する気持ちがあるのかな?
あれだけ才能があっても、挑戦したいとは思わない人もいるのかな?
それは俺には理解できない。
俺は皆の前では笑っていたけれど、インターハイ優勝という名誉を得た喜びよりも、凪への嫉妬の気持ちに苛まれていた。
表彰式を終えて凪と2人でいる所に、今朝声を掛けてくれた青山さんがやってきた。
「朝陽、優勝おめでとう。君は
凪は俺の方を見たが、肘でこついて自分で答えろと合図を送った。
「ありがとうございます。アサヒから以前少し聞いた事があります。アサヒはそこに入れるチャンスがあるかもしれないって。今日、アサヒ、優勝したから‥‥‥」
俺は肘でこついて、余計な事言うなと合図を送った。
青山さんは俺よりも凪にたくさんの事を聞いていた。
当たり前だ。俺なんかよりも興味があるのは凪のはずだ。俺が青山さんの立場だったら、絶対に凪が欲しい。
「まだチームに入れるかどうか分からないけれど、もしもその育成チームに入る事を勧誘したら、君たちはその道を選ぶか?」
凪はめちゃくちゃ嬉しそうな顔をして俺の顔を見た。
「アサヒ!」
俺は戸惑った。夢と現実が交錯した。
「今、答えなければダメですか?」
そう言った俺を凪はキョトンとした顔で見ていた。彼は何か言おうとしていたけれど何も言わなかった。
「いや。まだ誘えるかどうかも分からないし。今の気持ちを聞いてみたかっただけだ。月影君、君は?」
「え? ぼ、僕はそんな事考えた事なかったので。アサヒをアシストして勝たせたくて、ただそれだけでやってきたので。アサヒがそのチームに入れたら、それだけで僕はもうすっごく嬉しいです」
凪って奴は‥‥‥
あれだけの走りをして自分の才能や可能性にまだ全然気づいていないんだな。
「少し色々考えを整理して、今週中に連絡します。今日はありがとうございました」
俺はそれだけ言うのが精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます