最後のインターハイ その2
前が見えた。
凪が追っているという情報が入ったのだろうか。田野高の2人が引いている。朝陽は付いていけばいいから交互にアタックされるよりは少しはマシだ。
早く追いつかなきゃ。
ラスト1周を切った。残りは10キロ弱。
え? マジか?
後ろを見た4人が全員驚いていた。凪が追いついたのだ。
あのハイペースに、1人で追いついてきたのか?
ここまで俄然有利に進めていた田野高の2人は戸惑って少しペースが落ちた。
全力で走ってきた凪にはありがたかった。
いくら凪の調子が良くても、流石にこのままアタックは出来ない。
朝陽は自分がここで仕掛ける事も考えたが、凪を少し休ませる方が得策だと考え直した。
誰がどこで仕掛けるのか?
ペースは少し落ちているがピリピリとした空気感が各々の身心を極限まで研ぎ澄ませていく。
静寂を切り裂く声がした。
「最後の上りで僕が引くから、アサヒはタイミングをみて最後のアタックをして」
皆に聞こえる凪の声。
「?」
一瞬、他高の3人に戸惑いが生じた。
宣戦布告か?
凪って奴は‥‥‥。
ライバル達は、凪の言葉は自分達を惑わせる為に言ったものだと考えるかもしれない。
しかし、凪はその通りにやるだろう。あいつなら出来る。俺なら出来る。
あの言葉が敵の3人を金縛り状態にさせたのだろうか。最後の上りに入るまで誰も攻撃を仕掛けてこなかった。
最後の上りは平均勾配8パーセント、600メートル程だ。その後、下り貴重の緩いアップダウンを2キロほど走った所がゴールで、最後の200メートルは緩く上っている。
凪は予告通り、上りの麓から前に出てペースを上げた。
一発だけなら差がつきにくい坂だが、皆、足にきている状態だから、残っている力と精神力の勝負になりそうだ。
凪の真後ろについているのは朝陽。このペースは朝陽にとってもかなりきつい。
しかしこのペースに乗って、頂上手前でアタックできればそれで決まるに違いない。
朝陽は体の中心から全てのエネルギーを爆発させるべく集中した。
朝陽の後ろはもう目一杯である事を感じる。
今だ!
朝陽は凪の前に飛び出した。
あと数メートル我慢すれば一息つける。これで決めるんだ。
死に物狂いで坂の頂上を越えて、決まったと思った。
え?
自分ではない風の音がした。
振り向くと凪がいた。
「後ろは離れた。僕がひくから、最後、思い切りゴールに飛び込んで!」
こいつは何ものなんだ? なぜここにいる?
考えている場合ではない。
前に出ていく凪に遅れないようにピタリと後ろにつく。
速い。どこにこんな力が‥‥‥。
ラスト200メートル。緩やかな上り。凪が後ろを見る。
行けという合図なのか。
俺は最後のスプリントを仕掛けた。隣で凪が俺に合わせてくる。
まさか‥‥‥
そんなはずはないと思ったが、朝陽は最後までもがききった。
凪は朝陽が両手を挙げてゴールすると思ったから、ゴール前で手を離して準備をしていたのに、朝陽が手を挙げないものだから、その手のやり場に困った。
いくら僕たちのチームが優勝したからと言って、2位になった選手だけが手を挙げるのは格好つかないよね。
最高のゴールなのに、それは絵にならないゴールシーンとなってしまった。
2人はゴールラインを越えてしばらく惰性で走っていた。
喘ぎ喘ぎ、朝陽が凪の背中を叩く。
「強すぎだろ?」
夢が叶った。
「僕たち、やったね」
清泉の仲間達が集まっている所で朝陽はバイクを止め、地面に足を付くとそのまま挨拶をした。
「ありがとうございました」
凪もそれに合わせる。
そしてバイクから降りて朝陽に身体を向けた。両手を広げて一歩前に進んだ時‥‥‥
朝陽がその場に座り込んでしまった。
「きっつ」
「アサヒ大丈夫か? 水飲め、水」
「ああ、サンキュー」
凪はまたしても手のやり場に困る。ハグのタイミングを完全に逃した。
凪にとってはそれだけが唯一、悔やんでも悔やみきれない事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます