最後のインターハイ その1
ついにこの日がやってきた。
朝陽も凪も絶好調でこの日を迎える事が出来た。
今回のコースはアップダウンが激しく、力勝負になるだろう。
朝陽だけでなく、1ヶ月前のレースで力を見せた凪もマークされるはずだから、清泉は攻撃の幅が広がる。
勿論、清泉高校は優勝候補ナンバーワンだ。高校生随一の力を持つ朝陽に、強力なアシストがついた今、彼らに死角は無さそうに思える。
レースの前日、朝陽と凪はこんな会話をしていた。
「もしも俺に何かトラブルがあったらナギが行けよ」
「そんな事言うなよ。朝陽に何かあっても僕が必ず助けてあげるから。最後まで諦めないでね」
「サンキュー。頼もしいぜ」
レース当日、朝陽は憧れのワールドチームの育成チーム『トゥア』のスタッフである青山に呼び止められていた。
来年『トゥア』に日本人が1人加入できる可能性があると言っていた。このインターハイも参考にさせてもらうから頑張れと。
朝陽の胸は高鳴った。チャンスだ。夢への扉が開けるかもしれない。ただ勝つだけでなく圧倒的な力を示したい。
しかし凪の顔を見て思い直した。
昨年の失敗を思い出し、自分自身に言い聞かせた。
余計な事は考えずにチームでこのインターハイの勝利を掴む事に集中しろ! と。
凪にこれだけは伝えた。
「勝利が第一だ。だけどそれが確実に思えたら、俺たちの圧倒的な力を示したい。出来るだけ厳しいレースにしたい。レースを作っていこう。夢への扉が開けるチャンスかもしれないから」
本当は俺と言いたかったけれどそうは言えなかった。
「うん。分かった。頑張ろう」と凪は言った。
厳しいアップダウンを含む1周10キロのコースを9周で争うレースが始まった。
1周目は様子見という感じだ。強豪校は皆、朝陽と凪をマークしている感じで自ら動こうとしない。
上りは凪がペースを作ったりしながら、自分達の調子も確かめる。
清泉高校のメンバーは1ヶ月前のレースと同じで、3人共調子は良さそうだ。
凪は朝陽に小声で作戦を確認している。
「次の上りで行ってみてもいい?
先手を取りたい。まあまあいいメンバーで逃げが決まったら、ほどほどに逃げ続けてみるよ」
「おう。ナギもマークされてるはずだしな。くれぐれも逃げ切っちゃわないようにな」
朝陽は冗談だよというように笑った。
そこそこ良いメンバーを誘うような凪の絶妙のアタックに数名が反応した。
ライバル校のエース達は朝陽マークの選手が多く、凪に反応するのはアシスト選手がほとんどだが、侮れない選手も含まれた。
逃げグループは上手く協調しながらいいペースを刻み逃げ続けた。
メンバーがメンバーなので集団も大きな差をつけられないようにしている。1分以内のタイム差を保ちながら集団は人数を少しずつ減らしていった。
レースが半分を過ぎた所で、逃げグループは2名になっていた。他の選手はついていけなくなった。
集団との差は相変わらず50秒ほど。150名近い人数でスタートしたこのレースも、勝負できるメイン集団にいるのは現在30名ほどだ。
凪が逃げている事で、集団のペースは安定しているし、朝陽は集団内で体力を温存出来ている。
凪も本気で逃げているわけではないので、それほど消耗していないはずだ。
もしも逃げグループがペースを上げれば、ライバル校は放っておかないだろうし、この段階で逃げが捕まっても清泉は有利に展開出来るだろう。2年生の正志もまだ朝陽のそばに付いている。
どう動いても良い展開だ。
良い展開‥‥‥
のはずだった。
残り4周。
後輪を上に上げて、道路脇に立っている凪の横を集団が通過していく。
凪は朝陽に向かって声を上げた。
「パンクした。すぐに追いつくから」と。
集団の後ろに付いていたニュートラルのサポートバイクに後輪を交換してもらい、すぐに前を追いかける。
まずい‥‥‥
前方に見える集団は縦に長く伸びている。スピードが上がっている証拠だ。
ライバル校達がここがチャンスとペースを上げたのだろうか。
早く追いつかないと‥‥‥
遅れてくる選手を抜かしながら、1周かけてようやく集団に追いついた。
凪はかなり労力を使ってしまったがひとまずホッとする。既に10名ほどになっている。ここに正志がいた。
「ナギさん、4名が先行してます。アサヒさんも入ってるけど、田野高が2人入りました。すみません。入れなくて」
まじか。
田野高の2人は手強い。個々の力なら朝陽の方が上でも、2人で交互にアタックされたらピンチだ。
ここはカーブが多く、前の4名を確認できない。
しかし行くしかない。
「マサシ、もういっぱいか?」
「すみません」
その言葉通り、正志はこの集団に何とかしがみついているようだ。
「僕は次の上りで行く。お前は粘って、1つでも上の順位でゴールしろ」
凪はそう言葉を残し、上りに入ると飛ぶように駈けていった。
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