トリガー(引き金)
凪の姿、そしてあの目を見て朝陽はハッとした。
このインターハイに対する気持ちは、あいつに完全に負けていたと思った。
「俺もちょっと頭冷やしてきます」
そう言って朝陽もクールダウンに向かった。
ゴール後の光景が嘘のように、クールダウンから戻った2人は仲良く並んで座っていた。
何か言わなくちゃと朝陽が思っていると凪の方から切り出してきた。
「僕の思いを聞いてほしいんだ」
「勿論」
「アサヒ、辛かったよね。ずっと。
5月に遠征から帰ってきてから不調が続いてて。僕はそんなアサヒの力になりたいってずっと思っていたけど、何も出来なかった。今日のレースもやるべき事は何かを考えながら走っていたら身体が全然動かなくなって、気持ちだけが空回りして、自分が走るだけが精一杯のレースになってしまった。
最低のアシスト選手だね。違う、最低のアシストできない選手だ。
初めてなんだ。こんなに悔しい思いは今までにした事がなかった。
こんな風に泣いた事も初めてだ。悔しくて、情けなくて。涙がさ。勝手に出てきちゃうんだ」
話しながら、凪の頬には涙が伝っている。
「俺、ナギのゴール後の姿を見てやっと気づいた事がある。このインターハイ、お前と違ってスタート前から本気度が足りてなかったなって。ずっと不調だったから勝てる気がしなかったし、世界のレースを見てきて、インターハイの重みみたいな物を失ってた。このレースで勝てなくてもどうって事ないみたいな感じで。
勿論こんな不甲斐ない走りしか出来なくて悔しかったけど、仕方ないって、ゴール後も冗談とか言えるぐらいあっさりしていた。
5月の遠征で打ちのめされて、あれから自分の事しか見えなくなっていた。自分だけがもっと上の世界を見て苦しんでいて、みんなはもっと楽な世界で楽しんでいるような気がしてしまってさ。
ナギやチームのみんなが俺の為にやってくれる事もうまく受け入れられなくて。
みんなに気を使わせて、俺の不調に皆を引きづりこんでしまったと思う。
エースとして失格だ。
例え自分が不調でも、チームの皆を信じて、もっと皆の事を見て、士気を高めていく事が出来ていたら今日のような結果にはならなかったはずだ。
ナギの俺に対する、力になりたいっていう気持ちをつぶし、今日のレースでナギの力を発揮できなかったのも、半分以上は俺に責任がある。
でも、今、それに気づく事が出来て本当に良かった。
ナギのゴールがそれを教えてくれたんだよ。ありがとう」
「え? そ、そんな‥‥‥」
凪はお礼を言われる意味がよく分からなかったけれど、自分の気持ちが朝陽に伝わっているような気がして嬉しかった。
「僕は二度とこんな思いはしたくない。ちょうど1年前にアサヒに話した事が、今、本当にリアルな物になった。次こそは僕がアサヒのアシストをして勝たせてあげる。絶対に強くなってやるから」
凪の顔にもう涙は無い。その目はしっかりと前を向いていた。
「おう。頼むぞ。俺もエースに相応しい人間になる。来年リベンジだ。必ず! ナギ、よろしくな!」
2人は強く力を込めて握手を交わした。
2年生のインターハイは惨敗に終わったが2人にとってここが大きなトリガーとなった。
1年後のインターハイ、もう失敗は許されない。
凪の目が変わった。
インターハイのゴール後に、恐ろしいと朝陽に思わせた凪のあの目。
あの目が時々顔を出す。
朝陽の顔色を伺いながら練習する事もなくなった。自分が強くなる為に。そう、まずは自分がもっともっと強くならなければ何も始まらないという事をあの屈辱から学んだのだ。
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