半分半分

 夏休み最終日の事。


「ナギ、俺のロードにちょっと乗ってみないか?」

 朝陽の突然の提案に凪は驚いた。


「そ、そんな、アサヒの大切なロードに傷を付けたりしたら大変だよ。僕は乗った事ないし、運動神経も良くないから」


「大丈夫だよ。ママチャリで通学してるんだから問題ないさ。たぶんサイズは大丈夫だろうし、とりあえず跨がってみろよ。そんな事言ってたらいつまでたっても俺のアシストなんか出来ないぜ」


 朝陽はまた凪をドキッとさせる事を言う。

 有無を言わさず朝陽は立ち上がり、玄関の中に入れたロードレーサーを外に出して「早く来いよ」と言った。



「本当にいいの?」

 凪はおそるおそるロードに跨がる。


「すげー。ハンドル、こんな低いんだね。

たかっ。足、座ったらちゃんと地面に付かなそうだけど、こんなにサドルは高いの?」


「ああ。ハンドルのこの部分持つといいよ。こうやってブレーキかけて、止まる時はちょっと左に自転車を傾けて左脚を着けば大丈夫。家の前の直線なら安心だからまずはあの電柱の所まで行って止まればいい。

 で、車を確認してからUターンしてここに戻ってきなよ」


 ちょっと怖い感じがしたけど、えいっと跨って漕ぎ出したらスッと前に進んだ。

 思っていたより安定して前に進んでくれるし、これはママチャリとは全く別の乗り物だと思った。


 何なんだ、この軽さは?

 前傾姿勢がレーサー気分にさせてくれる。

 あっという間に電柱の所に来てしまったので、止まって後ろを振り向いた。朝陽が両手を挙げて丸を作っている。

 上出来って事か?


 凪はUターンして朝陽の所に戻った。


「運動神経良くないとか言ってたけど楽勝じゃん。なかなかさまになってたぜ。気持ちいいだろ?」


「うん。すごく気持ちいい乗り物だね。ありがとう」


 そう言って朝陽に自転車を渡そうとしたら「もういいのか?」と言われた。


「そりゃ、もっと乗りたいけど、これはアサヒの大切な物だから、もういいよ」




 朝陽が帰ろうとした時の事。


「ちょっと待って」

 凪が朝陽を引き留める。


「自転車部って僕でも入れるのかな?」


「え?」

 驚いたのは朝陽の方だった。

「ナギ、本気なのか?」


 さっきまで冷やかしていたくせに、急に真面目な顔になった朝陽を見て、きっとまた変な事を言ってしまったんだと凪は恥ずかしくなった。


「む、無理だよね。インターハイで優勝しちゃうような強いチームに素人の僕なんかが入れるはずないよね」

 慌てて修正する。

 その顔はどこか寂しそうだった。


「はずがないなんて事はないんだ。強豪校には違いないけど、高校から始める奴も半分以上いるし。20人の部員のうち本気で取り組んでる奴と、そこそこにやってる奴と半々位かな。ちょっとマジな話してもいいかな?」


「もちろん。上がって。座って話そう」




「簡単に『入れよ』って言えねぇんだ。正直言って、ナギに自転車部に入ってほしい気持ちと入ってほしくない気持ちが半々位かな。


 自転車は楽しい。普通に楽しみたくて、そこそこ頑張ってやりたいならやればいいよって簡単に言える。

 強豪校だからって、先生も先輩も全ての部員に厳しいわけじゃなくて、自主性に任せている所が大きいし。


 だけど、もし、もしもだよ。ナギが俺をアシストして優勝させたいって本気で思っているなら、それは本気の覚悟が必要なんだ。

 こんな事、他の人には話した事は無いけれど、大げさじゃなくて俺は命懸けでロードレースに取り組んでる。


 危険なスポーツだ。一歩間違えれば、簡単に命を奪われてしまう事だってある。国内だけならまだしも、世界を走っている選手達は化け物のように強い奴らで、その中で戦おう、勝とうと思ったら、命を削ってそこに全てを注ぐ覚悟が必要だ。

 そこまでやっても努力だけではどうしようもなくて、本当に才能のある者しか生き残れない世界なんだ。


 エースをアシストする選手はエースと同等の力が求められる。もちろん全ての面でって事じゃないけど、同じ土俵で戦えなければアシストなんか出来ない。


 インターハイで感じたナギの熱。

 半端じゃないって俺は感じた。

 だから、俺はこんな厳しい世界にナギを引き込む事が怖い。あえてこんな事やらなくったって。

 普通に幸せに生きろよって気持ちが半分だ。


 残りの半分は、俺が感じてるここでしか感じる事の出来ない生きてる実感みたいな物を一緒に味わいたいっていう気持ち。

 ギリギリの所まで振り絞っていってようやく得られるもの。そんなものを共感したいっていう気持ち。


 俺の気持ちは半々だから、ナギが決断するしかないと思う。


 俺、ちゃんと話したから、ナギの今の本当の気持ちを知りたいな」



「うん。ありがとう。僕は正直ぜんぜん分からない。僕も半分半分なのかな。

 でもあの気持ちは嘘じゃない。僕がアシストしてアサヒを勝たせたいっていう気持ちは本物だと思う。

 こんな熱い気持ちになったのは生まれて初めてなんだ。


 だけど、ちゃんとしたスポーツ経験も無くて、運動神経も良くない僕がそんな事できるわけないとも思う。

 全く話にならない、その方が確率は高いと思うんだ。


 だけどこの気持ちは今抑えられなくて。やってみてダメなら諦められるけど、やらずに諦めたら一生後悔する事になるような気がする。


 それに僕には失う物は何も無いんだ。特にやりたい事も無く、ただ何となく流されるように生きてきただけだから。

 アサヒと出会って、今初めて生きる意味が見出せそうな気がしてる。

 死んだように生きているよりも、生を感じながら死ぬ方がよっぽど価値があるように思える。


 やってみたい。

 でもアサヒに迷惑だけは掛けたくないから、迷惑だったらちゃんと言ってほしい。そしたらスッパリ諦められるから」

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