ロードレースへの興味
朝陽と別れてから凪は表彰式も見ずにそのまま会場を後にした。
家路につく電車に乗り込み、座席は結構空いていたので端の席に座る。
車内はクーラーが効いていて、心身に溜まっていた熱が一気に冷まされていく感じがする。
凪はふ〜っとため息をついた。
突然、世界が現実になる。いきなり我に返される。
えっ?
僕はどうかしていた。何てバカな事を言ってしまったんだろう。
今度は僕がアサヒのアシストをして勝たせてあげるなんて?
そうしたいって、それは嘘じゃないし熱くなって言っちゃった言葉だけど、そんな事言うなんて恥ずかし過ぎるし朝陽に失礼過ぎる。
朝陽はどう思ったかな?
ママチャリしか乗った事がなくて、運動経験もほとんど無くて、何の取り柄も無い僕があんなレースを走れるはずがない。
ましてやあの朝陽を僕がアシストするなんて天と地がひっくり返っても不可能だろう。
僕はどうかしていた。
そうだ、今のうちにお詫びのラインでも出しておこうと思った。
今度は失礼がないようにと下書きをしながら、僕はなんてバカなんだろうとまた思う。
こんな事、わざわざ出してどうする?
朝陽は笑っていたじゃないか。
凪はそう思ってスマホを閉じて目をつぶった。
朝陽が懸命に逃げている姿が思い浮かんだ。
夏休みも終盤に入り、そろそろ本腰を入れて宿題を片付けなければならない。
凪は机に向かうが、あのインターハイを見て以来、自転車ロードレースの事を色々と知りたくなって、検索して出てくる動画を見ては、ついつい時間を費やしてしまっていた。
ツール・ド・フランスという世界最大のロードレースの今年のハイライト動画を見ている時にライン通知がきた。
普段は家族との連絡くらいにしか使っていないので、何だろうと思って見てみると、何と朝陽からだ。
「明日から『ブエルタ・ア・エスパーニャ』っていう3週間もやる世界の大きなロードレースが始まるんだ。
日本でも毎日放映されてて、でも夜中にやるから、俺は録画しておいて翌日の日中に見るんだけど、良かったら一緒に見ないか?
ナギの家は学校から近いんだろ?
もし興味あったら、俺は部活は昼前に終わるから、終わったらビデオ持ってナギの家に行こうかな。どう?」
え? 朝陽から?
凪は思わずツバを飲み込む。
朝陽の方からラインくれるなんて。
スマホの画面を凝視する。
僕の家なんて朝陽が知ってるはずないのに。あ、入学式の日の自己紹介で学校が家から近いって言ったかも。それをちゃんと聞いてた?
ま、いいや。今1番興味がある事。1人で見ていてもよく分からない事だらけだから朝陽と一緒に見て、教えてもらえたら最高だ。
「もちろん。嬉しいよ。日中は誰も家にいないから大丈夫。学校から家まではママチャリで20分位。住所入れておけば分かるかな? 学校出る時にまた連絡してくれる?」
すぐに朝陽からいいねマークのスタンプが届いた。
凪は小さくガッツポーズをしていた。
翌日から1週間、新学期が始まるまで、朝陽は毎日凪の家に通って仲良くブエルタの録画を見た。
日本では前半のハイライトと後半3時間位が毎日ライブ放映されている。
大きな山岳ステージにおいては、スタートからゴールまで6時間以上ライブ放映される事もある。
全部をしっかり見るのは長すぎるので、レースが単調な場面は早送りにして見ながら、朝陽は凪に色々な事を教えた。
その代わりに凪は自分以上にはかどっていない朝陽の宿題を手伝ってあげた。
その為に凪は朝陽のいない夜も午前中も気合いを入れて勉強した。
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