ゴール後の光景

 朝陽は最後の力を振り絞って逃げていた。

 上り切った所、僕の目の前を1番で通過した。

 だけど、その直後に縦一列になって追いかけてきた集団が彼を飲み込み、彼はその集団から取り残されてヨロヨロとゴールに向かっていった。


 もうすぐゴールだよ。頑張れ!


 僕は駆け足でゴールに向かった。

 朝陽はちゃんとゴール出来たかな? ゴールして倒れ込んでしまっているのだろうか? 大丈夫かなと心配でたまらなくなった。



 ゴール地点まで走っていくと、少し離れた所にスポットライトを浴びたように浮かび上がって見える集団があった。

 喜びの声を上げ、ガッツポーズをしたり男同士あちこちでハグし合っている。

 優勝した学校だと一目で分かる。

 青と白のユニフォームが輝く。

 我が清泉高校だ。

 出場できなかった選手達やスタッフに今日走った3人の選手達がもみくちゃにされている。


 その中に朝陽の姿があった。

 おそらく優勝した3年生であろう。朝陽はその人に強く抱きしめられていた。


 綺麗な光景だと思った。男同士が抱き合う事がちっとも変だと思わなかった。

 眩しかった。

 朝陽は笑っていた。

 しっかりと大地を踏み締めていた。

 強いな。

 あんなに力を振り絞ってふらふらに見えたのにゴールして倒れたりしないんだな。


 僕も嬉しかったけれど、少し寂しい気持ちになった。僕も清泉の生徒だけど、あの輪から遠い所で1人ポツンと眺めているだけだ。

 あんなに朝陽と一体になって戦っている感覚があったのに。

 激しいどうから解放されたせいの世界。

 現実の世界に戻される。


 冷めきらないレースの興奮と少し寂しい気持ちを抱えながら、僕は会場を後にトボトボと歩き出した。





「ナギ!」

 後方から名前を呼ばれて驚いて振り返る。

 僕の事を知っている人がいるはずがない。


「応援ありがとう。お陰で頑張れた。清泉は勝つ事が出来た」


 キョトンとしている僕を見て、朝陽は笑った。


「ナギ、髪、切ったんだね。似合ってるよ」


「え? な、なんで‥‥‥」


 朝陽はお構い無しに話してくる。


「この後、少し時間ある? 11時半に集合しなきゃいけないんだけど、この後ちょっとクールダウンして着替えて戻ってくるから、30分位待っててくれたらちょっとだけ話できるし」


 僕はあっけに取られてしまって、何を言ったらいいか分からない。


「ああ、大丈夫。ここで待ってる」とだけ言った。


 慌てて付け足した。

「凄かったね。感動したよ」と。



 どうしよう?

 何で?

 何で朝陽が僕の事を知ってるんだろう。ナギって名前で呼ばれた。

 何で僕がいる事に気づいたんだろう。

 あんな応援が聞こえるはずないのに。

 何で声掛けてくれたんだろう?

 何言われるのかな? 

 何話せばいいんだろう?


 急に喉の渇きを覚えた。そう言えばペットボトルの水はほとんど飲んでいなかった。

 リュックから取り出してゴクゴクと飲み干す。額から汗が流れた。




 もう30分も経ったのか?

 清泉のTシャツとハーフジャージに着替えた朝陽が自転車に乗ってやってきた。

「待たせてごめん」


 ついさっきまで、あんな熾烈な戦いをしていた事が信じられない。

 今ここにいる爽やかな朝陽と、あの場所で力を振り絞っていた朝陽が同一人物だとはとても思えない。


 相変わらずポカンとしている凪に朝陽は言った。

「疲れちゃったから、あの日陰に行って座って話そう」


 朝陽はロードを押して、そこまで並んで歩く。

「ごめん。驚いた? 学校で話した事もなかったもんな。でもナギの事はずっと気になってたんだ。

 今日、まさか来てくれるとは思ってなかったからびっくりしたけど、走りながらあの応援はきっとナギだって思ってた。よく分かんねぇけどナギが送ってくれるエネルギーみたいなのをすごく感じたんだ。

 ん? 何か変か?」


 朝陽はロードを建物の壁に立てかけて階段の所に座った。

「座れよ」と言った。

 凪は何も言えずに言われるままに動く。


 朝陽が一方的に話す。

「ごめん。腹減っちゃったから食いながらでいい? ナギも食えよ」と2つ持ってきたアンパンの1つを凪に向かって投げた。


「いいの? 貰っちゃって」

「ああ、食えよ。応援のお礼」


 朝陽はパンをかじりながら「今日のレースの事、少し話していいか?」と言った。

 聞いておきながら、また話すのは朝陽の方だ。

「あ、でもその前にライン交換しようぜ。ラインやってるだろ? 先にやっとかないと忘れそうだし。時間あんまりねぇし」


 さっさとライン交換を済ませると朝陽は急に真面目な顔になった。


「俺が勝つと思った?」


 真っ直ぐに鋭い目を向けられ、凪はドキッとした。

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