勝負の行方は?
凪はこの1キロほどの坂を上ったり下ったりしながら観戦し続けている。
レースの途中からスタートゴール付近で簡単な実況が流れるようになった。
坂の中間点位まではよく聞こえるので、その範囲で移動した。
レースが後半に差し掛かり、残り5周を迎える所で集団の前から3番目にいた朝陽が腰を上げて勢いよく集団から飛び出した。
坂の中間あたり、ちょうど凪がいる場所からそれが見えた。凪は目を見開いた。
「アサヒ! 行け!」
思わず声が出た。
大きな声ではない。凪の声は低い方で目立つ声ではないし、観客の声援も大きくなっていたからたぶん誰の耳にも届かないだろう。
それでも、自分が声を出した事に凪自身少し戸惑っていた。
そのアタックに赤いウエアの選手が1人反応して、2人が集団から抜け出す形となった。
ほどなく、2人が集団を少し引き離した形でスタートゴールラインを通過したという実況が流れた。
あっという間にその差は広がっていき、実況によると残り3周で2分差が付いているとの事。
凪は朝陽が1位か2位になるのだろうと思っていた。1年生なのに凄い。ちなみに一緒に逃げているのは3年生らしい。
集団の中にいるのとは違って、逃げている選手の走りはじっくりと見る事が出来る。
朝陽は手足が長くてフォームも綺麗だ。サングラスをしているのでその目を見る事は出来ないけれど、熱い眼差しと強い意志を感じる。
汗も相当かいていると思うが、頭に水をかぶるせいでウエアは濡れて肌に張り付いている。ジッパーをかなり下まで下げていて暑さを感じているのだろうが、表情はさほど苦しそうではない。
対してもう1人の選手は余裕がなくなってフォームが乱れてきているのが素人目にも分かる。
よし! 朝陽が勝つだろう。
早く朝陽の優勝ゴールが見たいと思っていると、観客の中にいた大学生くらいのグループの話し声が聞こえた。
凪は耳をダンボにして傾けた。
「誰が勝つと思う?」
「逃げ切りは厳しいだろうな」
「アサヒはいいアシストしてるよな。清泉は足ためておけるし、俄然優位だな」
「最終周まで逃げれるかな。それでもし清泉が頭取れなかったら、アサヒは報われないよな」
え? 何を言ってるんだろう、この人達は? アシストって何だろう?
朝陽は優勝できないのか?
次にその坂に最初にやってきたのは朝陽1人だった。
この坂を上りきれば残り2周だ。
朝陽の顔が少し険しくなっているように感じる。
「アサヒ、頑張れ!」
凪は拳を握る。
朝陽の身体中をせわしく駆け巡っている血液が見えるような気がした。それが凪に伝染し、凪の全身の血液も沸き立っているように感じて全身が熱い。
集団は人数を減らし、20名弱になっていて、少し朝陽との差も詰まっているようだ。その集団の中には清泉の2人が残っていた。
ゴール地点の実況では朝陽と18人の集団の差は1分半になったとの事。
あと2周。1周30秒ずつ縮まっても30秒差で逃げ切れる。でも朝陽よりも集団の方が勢いがあるように感じた。
次の周、凪の前に現れた朝陽は苦しさに顔が歪んでいた。
これまでと違って、漏れ出る呼吸の音が凪の耳にはっきりと響いてくる。耳に響いてくる音が心に響く。
生身の人間がギリギリの所で戦っているエグさを感じる。
動かなくなってきている脚を必死に動かしている。それでもサングラスの奥の目は死んでいない。いや、これまでのどの周よりも熱く鋭く感じた。
これは野生動物が持つような人間の本能なのか?
鳥肌が立つ。
凪は声も出なかった。
集団のペースはますます上がっているようで、10人に絞られている。
逃げろ! 朝陽! まだ行ける!
いよいよ最終周を迎える鐘がなる。集団との差は1分を切った。
最後、どこで見るべきか?
朝陽の優勝ゴールが見たい。
でもそれは叶わないのか?
勝負はゴールまでもつれ込むのか、この坂で決まるのか分からない。坂とゴールの両方は見れない。
どちらかを取らなければならないのなら‥‥‥。
最後の坂が見たい。上り切るあたりだ。ゴールは実況で聞こう。
そう思った。
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