インターハイを見にいこう

 夏休みになって学校に行かなくてよくなると、凪は心にポッカリと穴が空いてしまった。


 自分の部屋のベッドにドサッと大の字になって飛び込む。

 朝陽と出くわしてしまう事がないと思うと緊張感もドキドキ感も何も無い。

 宿題は切羽詰まるまでやる気にならないし、特にやる事も何もなく、今頃朝陽はトレーニング頑張ってるんだろうななんて想像するだけだ。

 出るのはため息ばかり。


 凪は入学した日の朝陽の自己紹介の場面を思い浮かべていた。

 東の山に上る朝の太陽か〜。

 そうだ!

 まずはインターハイで優勝する事が目標だとか言ってたな。

 インターハイって夏休み中にあるのかな? と疑問がわく。

 スマホ、スマホ。

 早速調べてみる。


 思ったとおり8月中に開催される事になっている。色々な競技が一斉に行われるようで自転車ロードレースも行われ、ラッキーな事に今年は山梨県での開催のようだ。

 それなら電車を乗り継いで日帰りで見に行けるはずだ。


 凪はワクワクしながら開催場所や日程、交通手段などを詳しく調べた。

 こんなふうに1人で遠出をして何かを見に行くなんて事は初めてで、計画を立てながら胸が高鳴る。


 こっそり見に行くだけだから誰かに会う事は無いはずだけど、ひょっとしたら朝陽と出くわしてしまうなんて事もあるかもと想像する。

 みすぼらしい自分は見せたくない。せめて身なりを整えて行く事にした。



 普段は見ない鏡を見ると、何とも情けない姿が映し出される。まずはこのボサボサの髪を何とかしなきゃ。

 あと、何を着ていこうかな。


 学校は制服だし、それ以外はほとんど家にいる凪は、ちょっと出掛けるにしても服には無頓着で、出掛けるのにふさわしい服なんか持っていない。


 今、流行りの髪型とか服とかってどんなだろう? 

 初めてそんな事に興味を持つ。

 スマホは便利だ。調べたい事は何でもすぐに出てくる。



 小遣いも沢山あるわけじゃないから近くの千円カットに行った。

 スマホの写真を見せて「こんな感じに」とお願いしたら「ツーブロックですね」と言われた。

 何だかよく分からないけれど「あ、それで」と曖昧に答えて理容師さんに任せた。


 カットの最中は恥ずかしくてあまり鏡を見れなかったが、「いかがですか?」と言われて鏡に映る自分を見る。

 鏡の中の切れ長で少し吊り上がった目が自分の目と合う。

 中学生の頃に「目が怖い」と言われてから、自分の目とそれと一緒になって吊り上がっている眉毛が嫌いになって、前髪を伸ばして隠すようにしていた。久しぶりにその眉毛と目が存在を露わにしている。

 悪くないなと思う。

 ちょっと今風いまふうっていう感じがする。



 そのまま通り沿いのワックマンに寄る事にした。ワックマンは安くて機能も優れてるって聞いた事がある。

 すれ違う人が自分の事を見ているんじゃないかと気になる。人の目なんて気にした事がなかったのに、髪を切っただけでこんなふうに変わるものなのか?


 店に入ると品揃えが多くて迷う。

 セール品に目を向けるとカジュアルな白いTシャツとジーンズっぽく見えるけど柔らかい生地の膝下パンツが目に止まった。これでイイじゃん。ラッキーだ。

 予算が余ったので黒のスニーカーまで新調した。

 試着室で鏡を見る。

 悪くないなと思う。



 これなら万が一、朝陽に出会ってしまうような事があっても大丈夫だと思う。

 まあ、会う事はないと思うけどね。

 それに朝陽は話した事もない僕の事なんか知らないはずだ。ちょっと寂しいけど、顔を見たって分からないだろう。

 でもその方が気が楽だ。


 ただ見に行くだけでいいんだ。

 凪は足取り軽く家路に向かった。



 気のせいか、視界がはっきりとしている。何か今までと少しだけ世界が変わったように感じる。

 ただただ鬱陶しいと思っていたジリジリと肌を焼くような真夏の太陽が、今は自分にエネルギーを注いでくれているような気さえしていた。

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