磁石かよ?

 ただでさえ学校になんか行きたくないのに、あの人がいると思うと余計に足が重くなる。それでも凪は機械のように毎日学校に通った。


 あの人とは顔を合わせたくないからと、凪は朝陽の事を常にチェックしている。

 幸い教室の凪の席から朝陽の席はよく見える。2列違いの3つ前が朝陽の席で、黒板の中央を見ると自然と目に入るのだ。

 朝陽が自分のいる方にやってくると、凪はサッと離れるように移動する。

 だから、2人が顔を合わせる事も話す事も全く無い。



 朝陽の事をチェックしながらも、なるべく見ないようにしようと思えば思うほど、逆に気になっていつの間にか見入ってしまっている事がある。


 彼の事を見ていると少しずつ印象が変わっていった。


 自己紹介を聞いた時は、いつも光り輝いていて何でも万能にこなすカッコいいみんなの人気者、というような印象を勝手に持っていた。

 だけど朝陽はあまり勉強が得意ではないようだ。

 僕も勉強は好きでも得意でもなく、成績はクラスの中でも下位の方だと思うけど、そんな僕でも簡単に分かる答えを彼は平気で間違える。

 ギャグのような答えをして教室に笑いが起こっても、「勘弁してよ〜」と傷つく様子も全くない。

 お陰でクラスの皆も、間違った答えを恐れずに発表できる雰囲気がある。


 学校にはロードレーサーで通っているようだ。いつも遅刻寸前に慌てて教室に入ってくる。


 そして授業中に居眠りをする事が多い。首が少しずつ傾いていったり、筆記用具を転がしたり。

 周りの生徒もそんな彼を見て笑ったり、時々椅子を蹴飛ばして起こしてあげたりしている。

 そんな様子を見て、僕は思わずクスッとしてしまう。


 ある時など、椅子を蹴飛ばされた瞬間に勢いよく立ち上がり「俺のバイクはどこ?」と叫んで皆をびっくりさせた。

 レース中に転んだ夢でも見たのだろうか。

 朝陽も皆も笑っていたが、きっと練習で相当疲れているんだろうな、といたわりの気持ちが湧く。


 朝陽はクラスの皆に好かれているけれど、自ら皆に声を掛けて話の中心になるという感じでもなさそうだ。

 自転車の話をする時以外はキラキラしたあの感じも、あの時感じたオーラも無い。

 そんな朝陽を見て僕は何だかホッとする。


 関わりたくないと、避けようと思って見ていた朝陽の事がいつの間にか気になる存在になっている事に気づく。



東山朝陽とうやまあさひ

 スマホで検索すると写真や成績が沢山出てきた。

 昨年のロードレース、全日本ユースクラスで優勝しているようだ。この年代の日本一って事か。

「日本期待の星」なんていう記事もある。

 本当に凄い選手なんだ。


 自転車ロードレースなんて見た事もない。いったいどんなレースなんだろうと興味が溢れてくる。

 まるで朝陽が磁石で僕が砂鉄になったような気分だ。僕はいやおうにも朝陽に吸い付けられていくようだ。




 一学期が終わる頃には凪は学校に行く事が何だか楽しみになっていた。だけど朝陽に興味があるなんて事は絶対に誰にも知られたくない。

 だから今日もあの人との距離が近づかないようにしっかりと見ていなきゃと思う。

 そうやって見ていると、あの人の事がどんどん分かってくるようでそれが嬉しかった。


 試合とかで朝陽が学校を休んでいる時は緊張感やドキドキ感がまるでない退屈な1日になる。

 明日は学校に来るかな? 怪我とかしないでちゃんと戻ってこいよと思う。


 手足に絆創膏や包帯を巻いている姿を見ると思わず声を掛けたくなってしまう。痛いんだろうな。それでも練習は休まないんだろうな。ムリするなよと心の中で声を掛けるしかない。



 高校に入学してから3ヶ月以上経っているというのに、いまだ2人は顔を合わせて話した事は無い。もっとも、凪は一度も話した事のないクラスメイトが他にも沢山いるのだが‥‥‥。

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