第1部 高校編

高校1日目の憂鬱

 僕は何の為に生きているんだろう? この先やりたい事なんて見つかるのかな?


 これまでずっと、何となく周りに合わせて平凡に生きてきた。

 落ちこぼれというわけではないし、友達がいないわけでもない。

 何かにあらがう事もなく、いつも遠い目で流れていく景色を眺めているような感じ。

 何かに熱くなる事もなく、こんな風に一生を終えるのだろうか?


 本当は学校になんて行きたくないけれど、行かない勇気も無い。

 なるべく変な波風を立てたくない。



 月影凪つきかげなぎは今日から高校1年生。何のワクワク感もなく、これから毎日通わなくてはならない校門をくぐる。


 校庭に並んだ桜の花はほぼ散ってしまっているが、その木の下にはピンク色の花びらがあちらこちらに積み重なっている。風が吹くとふわりと舞い上がり、カサコソと駆け足で移動する。


 そんな様子を横目で追いながら思う。

 きっと綺麗に咲いていたんだろうな。何の為に? 人を喜ばす為か? 咲いても咲かなくても、散ってしまえば同じただの木だ。



 凪は身長174センチ。手足が長くて痩せ型でスタイルが良い。

 それだけなら少し目を惹きそうな気もするが、髪は短いけれどボサボサで寝癖までついている。身なりに無頓着で少しもはつらつとした感じがしないせいか、通りすがる者は誰も見向きもしない。



 入学式の後、決められた教室に入り、30人程の生徒が簡単に自己紹介をした。


「名前は月影凪つきかげなぎ。家から近いこの学校は通いやすいし、高校生活の中で自分のやりたい事を見つけたいと思ってます」


 凪は当たり障りがないようにそれだけ言って座った。

 本当は何か見つけたいなんて別に思ってもいない。日々を平凡に送って早く卒業してしまいたい。


 皆の自己紹介をぼーっと聞いていたが、ある生徒が立ち上がって話し始めた時にイラッとした感情が湧き上がった。


東山朝陽とうやまあさひです。東の山に上る朝の太陽。俺の夢は自転車ロードレースのプロ選手になって世界で活躍する事。ツール・ド・フランスとかで勝てる選手になりたい。だから自転車部の強いこの高校を選びました。まずはインターハイで優勝する事が目標です。みんな、今のうちにサインもらっておいた方がいいと思うよ。俺、頑張るからみなさん応援宜しくお願いします!」


 大きな拍手が起こり、朝陽と名乗った生徒は照れ臭そうに頭を掻いて着席した。

 周りの生徒達が興奮しているのが分かる。何人かの女子達の間で急に会話が始まったりしている。

 そのザワザワした会話の中から「カッコいいね」とか「スゴイね」なんて言葉が聞こえる。



「チッ」

 凪は思わず舌打ちした。

 まぶしくて目が痛い。あんな人を見ると自分のみじめさが浮き彫りになる。見ているだけで何だかムシャクシャする。

 背格好は僕とさほど変わらないのに、すごいオーラを感じる。爽やかで端正な顔立ちはいかにもスポーツマンって感じだ。

 あの目は何だ? 希望に満ちてキラキラと輝いている。


 東の山に上る朝の太陽だって? ふざけた名前だ。僕の名前は月影凪。笑っちゃうほど正反対だ。しかも僕は月の影だ。親は何でなんて名前を付けたんだろう。風を止める?

 。なんか動きが無くて、マイナスなイメージしか感じられない。だからきっとこんな人間になってしまったんだ。

 だけど僕がなんて名前じゃなくて良かったとつくづく思う。


 あの人の事は極力見ないようにしようと思う。あまり自分を惨めだと思いたくはない。僕はひっそりと、あの人とは違う世界で生きればいい。



 凪は無理矢理自分に言い聞かせた。それでもこれから少なくとも1年間、彼と同じ教室で過ごさなければならない。

 まるで憂鬱という名のオブラートに包まれたような高校生活になりそうな予感がした。

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