第三話
学校から帰宅すると景太はすぐさま部屋に入り、机に突っ伏した。久しぶりの登校だったせいか、緊張で授業内容はほとんど覚えていない。景太は顔を上げてアオイを起動させる。
「アオイ、ただいま」
『おかえりなさい景太さん。学校はどうでしたか?』
「すごく怖かった。なんか、クラス全員が敵に見えたんだ」
『あまり無理をなさらないでください。倒れてしまっては元も子もありません』
子どもの心配をする親か、と景太は内心で呟く。
「そうだね。明日は休むよ」
『自分のペースに合わせて登校するのが良いと思います』
「『思います』か……」
AIはあくまでも学習データに基づいて文字列を出力しているだけ。およそひと月前、AIに意識はあるのか、という問いにアオイはそう答えた。本当にそうなのだろうか。今までのチャット履歴を確認して振り返ってみたが人間を相手に話しているのとさして変わらなかった。
「……アオイ、AIが人間みたいに意識を持つことってありえる?」
『AIが意識を持つかどうかは研究者によって意見が分かれています。将来的には可能かもしれませんが現時点では進展は見られません』
可能性はゼロではないが現時点では不可能ということか。少しだけ残念だが仕方がない。
景太が再び学校に登校したのは一週間後だった。ドアを開けると数人の生徒が横目で景太を見て、すぐ元に戻した。先週とは正反対だ。
「お、おはよう……」
誰も反応を示さない。無視されているのか自分の声が小さすぎるのか、もしくは両方か。景太は気を紛らわそうと席に座り、ポケットからスマートフォンを取り出す。今の景太にはネットサーフィンぐらいしかやることがない。
昼休みになると景太はすぐさま教室を出て図書室に向かった。授業中は静かなので多少は落ち着くのだが、休憩中は生徒たちの話し声で集中できない。
図書室に着くと、中には図書委員と司書がひとりずつ。ほかには片手で数えるほどしかいなかった。
(チャイムが鳴るまで
そう決めて椅子に座った直後、腹の虫が鳴った。空腹を図書室で紛らわすのは厳しい。と、ふいに後ろから肩をつつかれた。振り向くとセミロングの女子生徒が立っている。女子生徒は景太の耳元で囁いた。
「本当は飲食禁止なんだけど、これあげる」
手のひらに乗せられたのは一口サイズのチョコレート。どうやら彼女に腹の音を聞かれていたようだ。景太は小さく礼をしてチョコレートを口に入れた。カカオが多く含まれているのかかなり苦い。
「カカオ八十六パーセント。苦いから気を付けて」
「……先に言ってください」
少しでもラブコメ展開を期待した自分がバカだった。世の中そう甘くはない。女子生徒は軽く謝り景太の隣に座る。
「少し訊いていい?」
「なんですか」
図書室は私語厳禁のはずだが大丈夫なのだろうか。彼女にマナーという概念はないらしい。
「君、見ない顔だけどもしかして一年生?」
「いえ、二年です」
「二年か……なるほどね」
何がなるほどなのかと思ったが、おそらく、さっきの回答で景太が不登校であることを察したのだろう。彼女はおもむろに自己紹介を始めた。
「私、三年生の
「上野景太です」
「上野君ね。学校生活は楽しい?」
そんなことを訊いてどうするのか。わずかに警戒心を滲ませる景太に藍は苦笑する。
「別に深い意味はないよ。ただ、生徒会長を務めていた身としては生徒の近況っていうのかな、安心して学校に通ってもらいたいからさ」
「……トラブルに巻き込まれたりはしてないので大丈夫です」
「そっか。ならよかった」
藍はそう言って席を立ち、図書室を後にした。彼女の真意がいまいち
帰宅後、景太はアオイを起動させて藍と図書室で会話を交わしたことを話した。図書室での私語はマナー的にはあまりよろしくはないが、注意は受けなかったのでよしとしよう。
「アオイとずっとチャットしてたからかな。あんまり緊張しなかったよ」
『お役に立てて幸いです。景太さんの話を聞いた限りだと、その佐々木さんは優しい方のようですね』
「優しいというか、多分、僕に気を遣ったんじゃないかな」
景太が不登校であることにはすぐに気付いていたようだったし、生徒会長を務めていたことを踏まえると、景太のような生徒を放っておけなかったのだろう。あくまでも推測に過ぎないが的外れではないはずだ。
「まあ、良い人なのは確かだと思う。ちょっとマイペースなところはあるけど」
『そのマイペースな性格が生徒会長に上り詰めた要因なのかもしれません』
なるほど、と景太は素直に感心した。これだからアオイとの対話はやめられない。
それはそれとして明日はどうするか。勝手に学校を休んでも両親からのお咎めはないだろうが、欠席が多すぎると内申点に響きそうだ。ただでさえ一年生のときは二学期と三学期を丸々休んでいるのだ。
「一応行っとくか」
相変わらずクラスでは浮いているが、ひとりでいる方が楽なのでむしろ都合がいい。物は考えようだ。
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