幕間 猫の喇叭



 猫が来る、という慣用句がある。


 最初にこれを聞いたのはまだ子供の時分で、もちろん意味なんてわからなかった。

 あのにゃーと鳴く小動物が寄って来るのに、一体何の意味があるというのか。

 その答えを知ったのは祖父が亡くなった時だった。

 葬儀が終わり墓場へと移動し、父が仕事をしている姿を初めて目の当たりにしたその時、確かにこれは猫だな、とひとり納得したのを今でもよく覚えている。


 それから幾星霜。家業を継いだからには当然、何十、何百、何千回と『猫が来る』のを見届けてきたのだが……今夜はどうにも様子が妙だった。



 猫が、嗤ったのだ。









※※※









 目が覚めるような満月の下。

 夜更けだというにも関わらず、郊外の墓地には大勢の人々が詰め掛けていた。


 衆目の向かう先には一人の僧侶。

 その傍らに片膝をつき控えている男が、ひとつ身じろぎをする。それを見咎めるように幾つもの視線が飛んでくる。彼は慌てて小さくなる。


 ――なぜだろう。今夜はどうにも落ち着かない。


 彼が家業を継いでからもう十年以上になる。今さら本番前に緊張するほど初心うぶではない。

 さらにこの坊主と仕事をするのも初めてではなく、その実力のほども十分に承知している。こいつは『出来る奴』だ。鍛錬を欠かさない真面目さがあるし、なにより咄嗟の事態にも対応できる頭の回転がある。

 一緒に仕事をする相棒としては上の上。間違いなく今夜の仕事は楽に終わるはずなのだが……。


 何が引っ掛かっているのかわからないまま、彼はとにかく仕事に集中しようと前を見た。


 出来る坊主が遺憾なくその実力を発揮し、着々と仕事を進めている。今はその第二節。音響魔法を駆使した大音声だいおんじょうで祝詞だか聖言だか念仏だかを唱えている。

 宗派や教義によってその呼称が変わるものを曖昧にしておくのは、この家業における大原則だ。

 自分たちは宗教者ではない。特定の宗教に肩入れなどしていない。

 その主張と事実が宗教戦争本気の殺し合いから己の身を守る唯一の術だと、全ての管区で一貫して徹底的に叩き込まれている。

 そしてそれを鉄の掟とし、全ての同業者が病的なまでに遵守してきたからこそ、彼らは今日まで生き延びることができたのだろう。


 坊主の大音声だいおんじょうが場に響き渡る。

 参列者たちは皆一様にそれを拝聴する。

 耳朶の奥を直接震わせるような独特の発声方法で叩き込まれる大音は、聞き始めてから一定の時間が経過すると……聴衆に対してある種の酩酊にも似た独特の感覚を植え付ける。

 それが『特別な体験』の下地となる。


 細い月明かりのなか、彼の視界にわずかな斑模様が入る。今夜は随分と早い。

 事前の打ち合わせで決めていた通り、坊主にしかわからない合図を送る。

 始まったぞ、と。


 すると坊主の音響が調子を変える。

 これまでの大声から一転、まるでゆっくりと説き伏せるような、幼子に語りかけるような、どこか優しいものへと。

 しかしそのくせ、音量自体は微塵も変わっていないというのだから、毎度のことながら凄まじい技術だと内心舌を巻く。


 よし。こちらも始めよう。仕事に関しては、彼にも一家言ある。

 一流の技術には同等以上のものを返さなくては釣り合いが取れない。


 薄闇のなか、おぼろげな輪郭が渦を巻き螺旋を描き始める。

 準備に抜かりはない。ゆっくりと丁寧に少しずつ、闇の密度を色濃く凝縮してゆく。







 広く一般的に知られる話では。

 生前の体重と死後の体重には僅かな誤差が認められるという。

 その誤差を魂の重量とする説は大昔からあったのだが、ならそれは何処へ消えたのか、いつ消えたのか、どうやって消えたのか、という論争に決着がつくことはなかった。

 観測できないものを幾ら論じた所で水掛け論にしかならないのは道理であり、また限界でもあった。


 しかし今から数百年前。

 かの邪神が巻き起こした大戦争の際、同族と袂を分かつという決断を下した闇精霊の一派がこちら側に流れてきたことで、それらの常識は打ち崩された。


 闇を起源とし、闇に対し高い親和性を持つ彼らには、死後に消える質量の一部始終が『目視できている』というのだ。

 ならば証明してみせろとなり、そしてと証明されてしまった。


 これに対し、当時の一大宗教と超大国が下した決断は。

 邪教の禁呪として滅ぼすでも、魂の尊厳を傷つける重罪として裁くでもなく。

 生かさず殺さず取り込む、だった。

 明確な上下は設定したがそれでも、表面上は新たな隣人として、その肩を抱いたのだ。


 とはいえ、決して仏心を出したわけではない。

 単純な足し算と引き算の結果である。

 つまり、邪神の軍勢によってもたらされた未曾有の大被害による人類社会崩壊の危機を乗り越えるため、わかり易い求心力が必要だったのだ。

 傷つけられた権威の完全復活を印象付ける、派手なパフォーマンスが欲しかったのだ。


 闇精霊の能力と権威の復権。

 この一見無関係に思える2つを結びつけた成果は、今や数百年の熟成を経てひとつの文化にまで昇華されていた。

 誰もが無縁ではいられない、冠婚葬祭の『葬』である。







 一流の技術には同等以上の返礼を。

 それが自分の、ひいては同胞同僚の価値を高めることに繋がると彼は確信している。

 現に先人たちがそうしてくれたお陰で、今や彼らのことを『奴隷未満の二等民』などという者は殆どいなくなった。

 ならば自分もそれに倣わなくては。

 さらに自分たちの価値を高めなければ。


 いざ集中を始めた彼の前では、多少の違和感など平伏し退散するのみ。

 彼のやる事としては単純だ。

 ことが起こっている範囲の闇を濃くする。

 闇夜の中での『日常』を人の眼にも映るよう、くっきりと際立たせてやるのだ。

 そうして一度でも可視範囲に入ってしまえば、後は向こうの眼とそれに付随する器官が勝手に調節を終えてくれる。ちょっとしたさえあれば、人の眼は闇夜に対しほんのひと時の覗き見を許されるのだ。


 とはいえ、すでに彼の中にある闇種の血は、数世代に渡り他種族と交わった結果薄まり、もはや独力で闇の操作など出来はしない。せいぜい観るのが関の山だ。


 だから当然、道具を使う。あらかじめ仕込む。その眼で確認しながら、季節やその日の天気や観客のによって最も適した濃度を見極め、やり過ぎないよう薄すぎないよう宥めすかしながら夜空に溶かし込むのだ。


 するとどうだろう。


 未知の者からすれば泡沫の神秘が。

 既知の者からすれば単なる自然現象が。


 その全容を顕にする。


 地より湧き出たおぼろげな粒子の欠片が、次々とその数を、光量を増幅させてゆく。

 1、10、100を超えたあたりから、その場にいる全員が数えるのを諦めた。いや、より正確にいうなら、数えることの無意味さに気付いたというべきか。


 粒子たちはさして動きはしない。

 ただゆっくりと、漆黒の空へ、果ての天へと上昇して行く。 


 月夜の墓地に顕れる、空へと還る光の群。


 そこに音響魔法を駆使した坊主の、祝詞だか聖言だか念仏だかが合わさることで、掛け値なしに神聖な『死者との別れ』が成立するのだ。


 ……が、しかし実のところ。

 すでに学者たちの研究により、この粒子は魂そのものではないと結論が出ている。

 曰く、これは魂の屍骸だと。

 本体機能の消失により剥離した表層の一部が、大気中の魔力と融合し自然に還って行く様を可視化したものにすぎないと。


 さらに、天へと還って行く理由すらも彼らはほぐす。


 地に生まれし者の魂は地に引き寄せられる性質を帯びるという。

 ならば当然の帰結として、その果ての姿である粒子にも同様の性質があり、この地よりもさらに大きな『空に浮かぶ地』である月に引き寄せられる――つまりは天に向かって落ちていくのは、ごくごく当然のことであり、自然の摂理ですらあるという。

 これは、この『告別式』が満月の晩にのみ行われる根拠でもある。


 とくに秘匿されているわけでもないこの学説があるにも関わらず、それでもなおこの告別式がさして神性を損なわずに今日まで続いているのには当然わけがある。


 ただ単純に荘厳で美しいから、という実利的な理由ともうひとつ。

 最も目を惹くその特徴に、まだ誰も納得のいく説明ができていないのだ。



 いくら重さがあってないような粒子だとしても、何の作用もなく空へ浮かんで行くことは不可能だ。

 先の学説に則り、月に引かれ落ちて行くと仮定しても、ならば今目の前にある『これ』はどいうことなのか。


 闇夜の中での『日常』を人の眼にも映す闇精霊の秘技は、その仔細を余さず照らし出す。


 

 大小様々な粒子の周りを、ゆっくりと飛び交う影がある。

 細長くしなやかなシルエットの四足獣だ。

 あるものは黒く、あるものは白い。それら二色が交じり合った灰色もいる。さらにはキジトラ、サバトラ、茶トラ、キャリコ等々、もうこの辺りまでくると目の錯覚で片付けるのが難しくなり始める。


 それらが何故か、天へと昇る粒子たちの周囲を、螺旋を描くようにして緩やかに飛び交っているのだ。

 ぐるぐるぐるぐる。緩やかに周回を続け、徐々に天へと昇って行く。


 当然ながら、本来その動物に飛行能力などない。

 いやそもそも翼すら持たず、ただその前足と後足をぴんと伸ばすだけで空中を旋回する生物など存在しない。


 だからこれは、ただ見た目が同じかたちをしているだけの、全く別の何か。


 現に今、参列者のひとりである幼子が好奇心から手を伸ばし……その小さな指先が『それ』に触れた途端、弾ける泡のように音もなく、


「……きえちゃった」

「照れ屋なのかな。構うと帰っちゃうんだよ。だからそっとしておこうね」


 正確には、濃縮した闇が霧散してしまい、人の可視範囲から外れてしまったのだ。

 そもそも、これに触れることが出来た例はまだない。

 一切の干渉が出来ないが、されることもない、いささかの魔力を帯びた幻影のような存在。


 そんな、どう考えても尋常ではないそれが、まるで粒子を護衛するかのように、或いは道案内でもするかのように、その周囲でゆっくりと旋回しつつはべっているのだ。



 遥か昔の闇精霊たちはこれを『連れて行く』と捉えた。

 このどこでも見かける動物に酷似した『何か』が、命の残骸を迎えに来たのだと。


 故に、猫が来る、という慣用句が生まれ特別な意味をもった。

 他ならぬ、死を意味する言葉である。



 ――やっぱり変だ。何かがおかしい。



 これまで何十、何百、何千回とこの光景を見てきた彼だったが、今夜に限ってどうにも引っかかる。なぜだか違和感が拭えない。

 手元を見る。目の前を見る。指差し確認を笑う奴は最低の無能だという先達の教えは、彼も大いに納得するところである。

 出力の調整具合は文句なし。星の光量も規定値内。月光による乱反射も確認出来ず。好奇心の塊である子供が突っ込むのも事前に阻止しておいた。抜かりはない。ならばきっとそれは己の技術についてではない。


 内ではなく外に原因を求めた彼の視線がふと止まる。


 ぐるぐると旋回する猫たちには様々な種類が存在する。

 基本的には細身の猫が多いのだが、中には太っちょな猫もそれなりにいる。

 そんな、でっぷりした存在が、限界まで伸びをしたような姿勢のままふよふよと中空を旋回している様は……率直にいって笑いを誘う類のものだ。厳粛な告別式にはそぐわないコメディ要素となりかねない。場の空気を緩ませ、儀式の意義を損ねかねない。

 いくら僧侶の有難い音声おんじょうが背景にあるとはいえ、ものには限度というものがある。


 だがそれでも、今日までそれが問題になったことはなかった。

 あれらを見て、少し太いからと笑うようなことができるはずもない。


 とてもこの世のものとは思えない存在を、どうして笑えようか。


 理屈としては引き算だ。

 通常あるはずのものがひとつ無くなるだけで、それは一目でわかる異常な存在――この場合は背景も合わさって超常の存在となる。

 そう。

 この猫たちには、ひとつだけ、あるはずのものがない。

 見慣れているからこそ、その欠落が見る者に冷や水をぶっかける。

 坊主の後ろ盾があるからこそ、化け物ではなく御使いとなれるその欠落とは。


 顔が、ない。


 頭部はある。すなわち輪郭もある。耳もある。びよんと伸びる髭もある。

 だが、目と鼻と口がない。

 本来それらがあるはずの場所には何もなく、ただつるりとしているのみなのだ。


 こんなの、誰が見ても一目でわかる。

 この世のものではないと。

 ちっとも笑えないと。



「あは」



 しかし、笑った。

 子供が笑った。

 顔のないどこか不気味な猫もどきの一体どこに笑える要素が、



「あのネコさんたち、わらってるよ!」



 違和感の正体。

 目には映っていたが、何十、何百、何千という積み重ねが、それの認識を許さなかった。

 そうに違いないという、確かな経験に裏打ちされた思い込みは、独力ではまず破れない。

 しかしいわれてしまえば、そうして認めてしまえば、あとはただ現実があるのみだった。


 つまり。


 今夜の猫たちには顔があった。全ての猫に、目と鼻と口があった。

 そしてそのどれもが、嬉しくて堪らないと言わんばかりに満面の笑みを浮かべていた。


 鳴き声こそ聞こえないものの、頻繁に口が開け閉めされている様子から、常に何かを叫び回っているようだった。いつもは規則正しく一定の調子で成される旋回が、今夜はまるで舞い踊るかのようだった。


 それらの様子から伝わる感情はただひとつ。


 歓喜。

 ただただ純粋で圧倒的なまでの歓喜。

 まるで千年の夢が叶ったかのような。

 まるで満願成就の夜が来たかのような。


 いつもはそれこそ文字通りでどこか淡々と動くのみだった彼らが。

 遥か昔より、ただ静かに深い闇に息づくのみだった彼らが。

 こうも狂喜する理由が、彼にはさっぱり――いや、そもそも今夜は最初からどこか違和感があったのを思い出す。

 数世代に渡り他種族と交わった結果、闇種としての血が極限まで薄まってしまった彼ですら、どうしてか胸の奥底がざわついて仕方なかったのを思い出す。


 そしてそのざわめきは、決して不快なものではなかったと、ようやく理解する。



「あっ! ネコさんいっちゃう!」



 舞踊の輪が不意に途切れる。

 旋回を止め、粒子の欠片をひったくるようにして、そのまま西へと一目散に飛んで行く。

 誰も彼も、白も黒も灰もキジトラもサバトラも茶トラもキャリコも。

 吸い込まれるように、西の空へと飛んで行く。


 通常なら、彼が濃度を調整した範囲を抜ければ、猫たちは見えなくなる。

 最初から見えている彼はともかく、余人には見ることができなくなる。

 だが今この場にいる誰も彼もが、皆一様に驚愕を浮かべつつ同じ角度で西の空を眺めているのをみた彼は……たまらず子供に聞いた。


「……ねえ君、あの空が見えているのかい?」

「うん! すごくキレイ! 光の川みたい!」


 この場にいた猫たちの飛ぶ先に、別の場所――おそらくは隣の管区だろう――から飛んできたであろう猫たちが合流し、さらにその先でまた別の猫たちが合流する。

 そうして、天に還すはずだった輝く魔力片を抱えたままの猫たちが、数百、数千、数万と寄り集まり、夜空に流れる大河の一滴となる。


 夜空を埋め尽くさんばかりの大河は、西へ進むにつれ細く細くなっていく。どうやら、あれの終着点はたったひとつらしい。


 正直、彼にはわけがわからない。


 彼が闇を濃縮した範囲から出ても人々の目に映っているという事実から、が、あり得ない次元の濃度で満たされているという事実が読み取れる。

 目に映る範囲全てを操作するなど、もはやそれは天候操作にも等しい絵空事の世界だ。

 魔力が多いとか少ないとか、そういった次元の話ではない。

 今まで駆けっこで勝負していたというのに、急に空を飛んで高度を競い始めたとでもいえばいいか。

 根っこから違う。別の何か。それが今目の前に。


 もはや彼には意味がわからない。

 急に顔を得て、どこかに馳せ参じたであろう猫たちも。

 夜空すべてなどという、ふざけた超範囲の闇が一斉に濃度を増したことも。


 そしてなにより。


 今こうして彼自身が、猫たちの向かう先――西の果てへ向け膝をつき、何かに祈るように両手を組み、さっぱりワケのわからない涙を流していることが心底不思議でならない。


 ただどうしてか、こうなっていたのだ。

 さも当然のように、していたのだ。

 体が動き出していた。根拠は不明だが彼自身の意思で。

 彼の中に微かに残る闇の因子が、わけもわからずただただ打ち震えていた。


 涙に濡れる視界のなか、どこかぼんやりとした頭で理解する。

 ここから遥か西に一体何があったか。

 考えるまでもない。

 彼の祖先たる闇精霊、その故郷。

 西の最果て魔の境地。

 魑魅魍魎蠢く魔大陸にして、先の大戦争が元凶の発生したる因縁の地。

 そこへ馳せ参じる死を意味する闇の使い。

 夜空全てに満ちる別次元の闇。

 そして己の内にすら灯る知らない激情。


 ひとつの答えが、輪郭を持ち始める。


 全ての闇に属するものにとって決して無視できないそれ。

 彼のような血の薄い者ですら、膝をつき祈りを捧げずにはいられないそれ。

 慣れ親しんだ世界の法則すらも捻じ曲げ得るその存在とは。


 仄暗き闇のねや。温かい泥。暮れなずむ暁闇。黒い雪。最初にあったふたつの内がひとつ。


 すなわち。


 邪神。


 その再臨である。









※※※









 この夜。

 人も魔もそれ以外も、この世界に存在する全ての命が、夜空をかける大河を見た。


 これが何を意味するのかなど……誰にでもわかる。

 こんなの、どれほど鈍いやつだろうがすぐわかる。

 ここまで派手にやられると、わからないフリをするのは不可能だ。


 そう。

 数百年前の昔話が、一夜にして現実となった。

 そして。

 書物の中の物語が、次の朝からは同じ大地に足をつけるのだ。


 わからない。

 どうすればいいのか、わからない。

 何をするのが有効なのか、はっきりとしない。

 そんなごく当然の混乱に陥る者たちは、ある意味幸せといえたのかもしれない。



 しかし極一部のそうではない者たちは、事実を見て、繋げて、考えた。



 喜び勇んで駆け出す猫の群れを見た。

 何故か涙を流す隣人の姿を見た。

 特に闇精霊とは無関係だと思われていた人々まで『そう』なっている意味を理解できた極一部の聡い者たちは、ある最悪の未来を見た。


 自分の所属する集団内の何割が『そう』なっているかの概算を弾き出すと、まだ何も始まっていないというのに、すでにどん詰まりの一歩手前だという事実に辿り着いた。


 だが諦めるわけにはいかなかった。

 自分には責任がある義務がある、それらに付随する権利もある。なにより意地がある矜持がある、代々受け継いだ使命がある。

 かの邪神が伝承通りの存在なら、まだ打てる手はあるはず。

 たとえなくとも


 幾つもの決意が夜空に瞬き、皮肉にも大河の一滴となる。

 溢れんばかりに満ち満ちたそれら全てを。


 彼女だけが見ていた。


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