第-1話 全ては閣下の望むがままに
「反対だ。中止を提言する。ことが始まる前にすべてを終わらせるつもりか?」
予想通りだった。
この手の反発があるだろうとは踏んでいたが、案の定、口火を切ったのはこの小娘だった。
「降神? 皇魔城? 大いに結構。だが、そんなものに縋らねばならんほど状況は逼迫しているか?」
実にそれらしく聞こえる、おそらくは最初から準備されていたであろう言葉。
「考えるまでもない。不要だ。必要ない。戦力に不備など見当たらない。これ以上は飽和するだけだ」
今目の前で行われているのは操り人形による朗読劇でしかない。
面倒だからと責を負わされた傀儡の通常業務。
会議には出席せぬが要求だけは突きつける、いつも通りのやり口。
つまりこれは、小娘の背後にいる
「その不要な飽和の為に神を降ろすなど、正気の沙汰ではない。もう一度訊く。まだ始まってもいないというのに、すべてを終わらせるつもりか?」
小娘の視線を追うように、皆の眼が13番目の席へと集まる。
漆黒で塗り固められた円卓。その呪わしき座に堂々と陣取る魔人――ゲオルギウスへと。
「……ふむ。だから自分たちに返せ、と?」
「言っただろう。不要だ。中止が決定次第、すべてを完全に消滅させる手筈となっている」
小賢しい物言いだ。老人は内心ため息を吐く。
消滅の手筈を整えているという貴様らの手に渡れば、あとはどうとでも出来ように。
「なぜそこまで忌避する? お前の復元した術式と触媒は私の眼から見ても完璧だ。確実に望む成果が得られるだろう」
「だから反対している。喚べば来てしまう」
笑わせる。
もし
「故に――喚ぶなと言っている」
正に操り人形の三文芝居。
しかしどれほど拙かろうが、観客が居る限り、舞台としての体裁は整ってしまう。
終わらせるには幕を引く必要があるのだが――誰も小娘を止めないのは、消極的な同意と見るべきか。
最低限の根回しはあったとはいえ、誰も具体的な方法までは知らされていなかったのだ。いささかの戸惑いもあろう。邪神という言葉の裏に潜む恐怖も垣間見えよう。
だがまあそんなもの、この
「否。喚ぶとも。否応なしに来てもらう。来たところで何もできぬ。させぬ。皇魔城の動力となる以外は、何ひとつ」
「その自信の根拠は何だ? 自惚れか? 慢心か?」
小娘の威勢を見るに、
さしずめ「くれてやるには惜しい。何としてでも持ち帰れ」といった所か。
「笑止。我が心根に曇りなし。常のように行い、常が如く得るのみ」
ゆっくりと一同を見回した
「すなわち、合理と暴力也」
「素晴らしい」
唐突に、これまで黙って成行きを見守っていた獣が口を挟んだ。
「が、しかし――その『常』はかつてこの世の半分を平らげた存在に通じるかね?」
誰かの操り人形などではなく、己が武威の結果としてこの場に座す獣の言葉は重い。
「……ぬ? ああ、違う違う。そうではない。成程、思い違いをしているのか」
「どういう事かね?」
獣の疑問に小娘が口を開こうとするが、
「そも、此度降ろすモノは、誰もが知るかの邪神とは別の存在なのだ。伝承に謳われる、武芸百般に通じ軍略を網羅し山野を蹂躙した『
「――ハッ! なんだそりゃ? 本気で言ってんのか?」
蛇女王と煙草を回し呑みしていた邪眼王が吹き出した。
「無論、本気だとも。まだ仮定の段階だが……どうやら、喚ぶ対象の属性をある程度は指定できるようでな。陣に組み込めるのは一文字のみ。対応せぬ文字も山ほどある。確認できたのは『星』『首』『死』『毒』『芸』『飴』の6文字」
「――『飴』だ。『飴』がいい。『飴』にしよう」
妙に良く響く蟲の声は黙殺された。こいつの発言は全て脊髄反射だ。ゆえに無視しても尾を引かない。すぐに忘れる。
「まあ、そん中なら『芸』が一番無難……なのか?」
少し考えればそうなる。『星』『首』『死』『毒』は考えるまでもなく除外だ。字面だけで嫌な予感が溢れ出している。
今回求めるのは絶対的な支配者ではなく皇魔城の動力だ。ならばそれを担うのに、溶けてなくなりそうな『飴』はどうなのか、と躊躇いが生じる。
よって消去法で『芸』が残るのだが。
「3つ、質問がある」
「ふむ。何かね、キッドマン?」
「ヒルデガルドは『神』と呼び、アンタは『邪神』と言った。この認識の差はどこから?」
相変わらず細かい男だ。
なので老人はこの田舎者が嫌いではない。
「かの存在に対する知識の差」
「俺にもその手の神話知識なんてないぜ。ご存知の通り、育ちが悪いもんでな」
「神話というより風俗だ。かの邪神が元いた場所のな」
「御伽噺って、神話の類と何が違うんだい?」
まあ聞け、とゲオルギウスが続ける。
「かの存在が元いた場所では、余りにも強力無比たる存在――それこそ、他と比べるのも馬鹿らしい程に隔絶した強者には『悪』や『邪』といった字を冠する慣わしがあったそうだ。どうやら『悪』や『邪』には『強力な』といった意味もあったらしい」
「あー、つまり『邪神』殿には褒め言葉だったと」
「そもそも『神』と呼ばれる事を嫌ったそうだ。己を『悪次郎』などと
「じゃあ2つめ。そこの邪眼王は了承してんのかい? 亡き主様と同等の存在を動力にしますとか、下手したら戦争案件じゃね?」
邪眼王とその一派は、かの邪神に直接仕えた者達の末裔だ。
その信仰が今も生きているならば、此度の計画は冒涜となるのでは。
「ハッ、了承もクソもあるか阿呆が。御屋形様と同じ場所から来たってだけで同等とか、んなわけねェだろ」
言外の問いは、他ならぬ当人によって一蹴された。
「いいか? そもそも御屋形様は、お上品に誰かに呼ばれて来たわけじゃねえ。『向こう』で戦って戦って――それこそ死ぬまで戦い続けて、いよいよ死んだかと思ったらここに居たそうだ。つまり、御身ひとつで何もかもブチ破って自力でご降臨なされた、まさしく兵の神とお呼びするに相応しい御方よ。喚ばれてホイホイやって来るような三下とはそもそもの格が違ェんだよ」
当然ながら、かの邪神とその臣下達の認識は把握している。
神だから強いのではない。強いから神なのだ。
「へえ。さすが直系だねえ。そんな細かい話も残ってるんだ。あ、もしかして凄いお宝とかも代々伝わってたりする?」
「ああ。直々に下賜された『庭』があるぜ」
「いいね。凄そう。見てみたい」
「……悪ィ事はいわねェ、やめとけ。見たら、死ぬ」
本気の『何か』を感じたのか、
それじゃ、と気を取り直したように机上に両肘を乗せ、指を3本立てた。
「最後の3つめ。それらの一切合切にかかる銭はドコの誰が出す? 割り勘とか、カンベンしてくれよ?」
西側のほぼ全ての裏家業を取り仕切る
「案ずるな。すべて私と翁が用意する」
「というより、もうほぼ出来ておるわい。後は仕上げのみ、といった所よ」
ここに居るのは誰もが皆一勢力の頭。金銭の話を曖昧にするのは不和の種だ。
なので老人もすぐさま魔人に追従する。
「オウケイ。なら安心だ」
「……ふむ。ならばもうひとつ安心できる材料がある」
「そいつはいい。是非聞かせてくれ」
皆の視線が集まる中、たっぷりと間を取った魔人が穏やかに告げる。
「此度の邪神は、殺せばすぐ死ぬ。いや、正確に言うならば、死に易く――殺し易くする」
誰もが意味を理解できず、奇妙な沈黙が挟まる。
「先ほど邪眼王の話にもあったであろう。自力で降臨した先代とは違い、今回はこちらが喚ぶ。ここに来てくれ、ここに来いと。さあお出でなさいませと『器』を用意して」
「カカ」
蛇の女王が笑った。
「相変わらず主は悪辣よのう。だがまあ確かに、勝手に自力で来たのではなく喚ぶのならまあ、そうよなあ。邪神の完全顕現など、たとえしたくとも出来得るものに非ず。器に降ろすのがまあ、関の山だろうて」
「左様。こちらでの器はこちらが決める。弱く、脆く、考える頭すら最小限となるよう」
さすがにここまで来ると、周りもその意図を掴み始める。
「とすると……子供か。肉体的、魔術的に優れた点のない種の」
「いや、それだと器の魂と契約を結ばれる恐れがあるよ。悪魔に出来る事が神に出来ない訳がない。向こう次第では全てがひっくり返されてしまう」
「言っておくが、無機物に降ろすなど最も愚かな選択だからな。テトラブロックの虐殺を忘れた訳ではあるまい?」
「……で、
埒が明かないと見切りをつけた獣が、一足飛びに答を問う。
「うむ。そこのヒルデガルドの叔母上の研究成果を使う」
「は?」
明らかに何も知らない小娘の様子に、皆の視線は再び
「正確にはその失敗作。研究の資金回収として、それらが販売されているのを知っている者も居ると思うが」
知っているどころか、西側への商品配送に一枚噛んでいる
「知っているのかキッドマン。なら端的に頼む」
獣に頼まれては断れない。
「あー、ワリと有名な話だと思うが、ヒルデガルドの叔母上――魔女ローゼガルド殿には『
本人に隠すつもりがないどころか、大っぴらに技術供与を求めていたりもするので、文字通りの有名な話である。
……その為に行われている人体実験のおぞましさも含めて。
「今の所それが上手くいったって話は無い。肉体はともかく、精神や魂とかまで完璧に……となりゃ、そら難しい通り越してほぼ不可能だからな。で、結果として失敗作が造られる。中身が空っぽの、どんなに手を尽くしても1、2ヶ月したら生命活動が停止する、物理的には生きてるが、ただそれだけの肉人形だ」
まあ、ここまで聞けば後は想像がつく。
が、利に合わない点もある。
「……解せんな。研究の資金回収というからには、その肉人形を悪趣味な資産家にでも売りつけるのだろうが……2月足らずで駄目になるモノなんぞ、買い手がつくのか?」
「やっぱ獣の旦那はまともだよ。俺もそう思う。つうか、相場の10倍以上も出してんなモン買うぐらいなら普通は娼館なり奴隷商の所にでも行くさ」
だから今回の顧客となるのは、そうではない連中だ。
「リピーターの
この程度の話で嫌悪感を露にし、精神的な隙を見せる可愛げなど、この場に居る者達には欠片もない。
まあ実際、老人の知る限り、双方が利用し合っているだけのようではあるが。
「長持ちせん脆弱な肉体に加え、契約する魂がそもそも無いというのは良いのだが――素体の魔術適性はどうなっている? 神と魔術戦など、余興にしては度が過ぎるぞ」
「そこも問題ない。先日、実際に所有しているクルーガー卿に実物を拝見させて頂いた。どうやら擬似的な魂の生成過程において素体の魔力が干渉しないよう、魔力の製造と循環を機能的に削除しているようだった」
唐突に暴露されるクルーガー卿の性癖。
だが、いささか特殊な趣味を持った気弱な金持ちでしかない卿にできることはないだろう。
「……それは重畳。しかしそれだけで万全となるお主ではあるまい。さらに罠のひとつやふたつ用意してあるのだろう?」
「
「……それってさ、こっちが喚ぶ時に都合よく期限前の素体があるの? 金持ち向けの特注品って、製作ペースが
継ぎ接ぎだらけの歪な物体から女の声が飛んでくる。
技術以外をすべて炉にくべた
「問題ない。卿と話し合った結果、既に納品日が確定している次回入荷分を譲って頂けることになった」
「そいつはご愁傷様。けど馬鹿力系の素体だったら、自力だけでも厄介かもよ?」
「それも杞憂だ。出荷される商品はすべて闇精霊をベースとした小児型で統一されているらしい。ああ確か黒髪なのは共通と仰っていたか」
「……お、おう。そうか」
本人の与り知らぬ所でクルーガー卿の『凄み』が増した。
「他に何かある者は?」
「余は良いと思う。いや、むしろ面白い」
予想通り
「変態御用達の性処理肉人形に神を降ろしてそのまま動力にしようなどと、そんなおまえ、控え目に言って最高じゃあないか。来るなと言われても余は見に行くぞ。必ずな」
「承知した。特等席を用意しよう」
まあこういうのが大好きなこいつは、勝手にこちら側につくだろうとみていた。
なら後は。
「……話が逸れているようなので、もう一度言う。不要な飽和の為に神を降ろすなど、無駄にリスクを抱えるだけの愚行だ」
「ヒルデガルド。お前は
操り人形と事実上の魔王。
どちらの言葉が、認識が、公の正解として扱われるかなど、考えるまでもなかった。
その後、2、3の質問に
これといった問題もなく、実行日は決まった。
※※※
唯一の出入り口である丸いドアは、最後尾にいた
「うおっ、なにこれなにこれ! え? 消えるの? なんで?」
本日は戦闘用に組み換えた身体の
「あ、見えなくなるだけなのね。いや、それでも十分凄いけど」
「はしゃぐでない。どうせこれから、何度も通ることになる」
降神による皇魔城の起動実験当日。
通称、機関室。
その入り口からすぐ先は光の届かぬ暗闇が続いており、遥か遠方に小さくぼんやりとした灯りが揺らめく以外、一切の光源はなかった。
「あの灯りに向かって進め。あれが目的地じゃ」
「声と足音の反響からして、ずいぶん広そうだけど……ダメだ。戦闘用に強化された暗視でも果てが見えない。ねえ爺様、ここってどれぐらいの広さなの?」
放っておけばいつまでも喋り続けそうな
「不明じゃ。わかっておらん。最初期に出した探索隊はいまだ未帰還。おそらくは『こちらで決める』のではないかと推測しておる」
「え? 意味わかんないんだけど」
「10回も来れば嫌でもわかる。今回はとにかく灯りに向かって進め。最低限の定義付けは
案の定、矢継ぎ早に質問を繰り返してくる
この真っ暗闇の中で、あれだけまぶしく照らし出しているのだ。迷いようもない。
……迷わなくなるまでに、どれだけの犠牲を払ったことか。
「ううむ。なんじゃこりゃあ? 禍々しいんだけはわかるが……」
それを目の当たりにした当代の
魔術やそれ以外を十全に活用した、幾筋もの強烈な光線によって照らし出されたそれ。
中心へ行くにつれ段々と面積が小さくなっていく多層型の立体構造物。
俗にいうピラミッド。
ただし全体が真っ黒で継ぎ目がなく、段によってサイズやスケールがまちまちで、さらには観測する度にその数値を変動させるという意味不明な代物だ。
「過去の文献に記されていた名はアルバコア。どこからどこまでが――ではなく、この漆黒の巨大四角錐全てを指してそう呼ぶそうだ」
本日の主催者である
いかにもなローブを纏ったその姿は、魔王というより祭儀に臨む邪教の司祭か。
「たしか降ろしたモンを繋ぐ心臓部やったか。そいつが在るいうこたぁ、地下に降りてきたつもりが、いつの間にやら皇魔城とやらの内に入っとったいうワケか?」
「然り。正確には、ここいら一帯の地下空間すべてが皇魔城の内部機構だ。起動した暁には周辺地理が大きく変わることだろう」
「そうなの? さっきこの部屋の全長は不明って」
「表に出た時点で確定する。ある程度の予測は出来ている」
降神の場には13人全員が立ち会うことになった。
結局の所、神を動力に利用するなどという前代未聞の企てに興味を惹かれぬ者など居なかったのだ。
その場に居合わせる危険性についての言及もあったが「この面子が揃っている場所より安全な所がどこにある?」という当然の事実確認の前には、さして意味を成さなかった。
「観測次第で変動する、ねえ……。うん。凄いね、この空間。魔力とは似て非なる何かで満ちている。濃密で、どろりとしていて、けど決して不快じゃない何かで」
「……私たちの間ではただ単に『闇』と呼ばれている。貴方も聞いたことがあるでしょ。技術屋がいう所の『宵を覆うカーテン』『夜の猫』よ」
「そりゃ知ってるけどさあ。ここまで濃くなっちゃうと、これもう別物だよね。摘めそう。キミなら摘めたりする?」
試すような、探るような声。
「……馬鹿言わないで。自然現象をどうやって摘めというのよ。魔力を濾過するフィルターとして使うのが精々よ」
闇との親和性が極めて高い闇精霊。
かつての王の血統。
邪神の登場により他のレベルが劇的に引き上げられたことで、相対的にその価値を下げた一族。
彼奴等が弱くなったのではない。
他が強くなりすぎたのだ。
「そういったモンにはとんと疎いわしからすると、そいでも十分に凄ぉ思えるがなぁ」
「ハハ。技と力で空間斬れるスクナが言ってもなぁ。あ、そうだ、この黒いの、端っこでいいから斬ってみてよ。中身気にならない? あの斬撃重ねるヤツならいけそうじゃない?」
「魔王閣下にどやされるか、愛刀が駄目んなるか。……自分でせい」
「だよねー」
逆にその価値を最も上げたのは
邪神降臨前までは『四つ腕』と蔑称で呼ばれる蛮族であったが、かの邪神が『飛騨の宿儺』と呼び重用したことで飛躍的にその地位を押し上げた。
しかしまあ、結果を知る今からすれば、必然ともいえる。
身体が大きく四本の腕を自在に操る連中を鍛え上げ武具を持たせ用兵を仕込めば、それは強くなるに決まっている。
知識と金と政治力以外は最初から全て持っていた連中だったのだ。
その立身の逸話から、今でも一族を代表する英雄には『
「その棺の中に器がある。興味があるなら見てみるといい」
見た目は闇精霊の女児。つまり人間と同じ。
血の気はあるが生気はない。呼吸はしているが、それだけ。なぜだかわかる。生きてはいないと。
「……これは」
ただその顔は、どう見ても
まったく同じという訳ではない。しかし他人というには類似点が多すぎる。とするとこれは――老人は瑣末な疑問を切り捨てる。
「なんで裸なの? 何か着せなくていいの?」
「考えてみると良い。
「……あー、そういう地味なローキックをサボらない姿勢、見習いたいと思う」
「それだけではない。先に説明した通り、頂の玉座部に固定する方法に概念癒着を用いるからな。衣服は邪魔だ」
「……で、わけのわからんウチに、自動的にアルバコアへ接続完了してお終いと」
「最短で600秒。最長で1200秒前後とみている」
そう。これこそ
ピラミッドの頂上玉座それ自体が、アルバコアの燃料補給口なのである。
誰が手を加えるでもなく、最初からこの形だった事から……設計思想からして、そのロクでもなさが窺える。
生贄で動く超大型兵器。まさに皇魔城という名に相応しき禍々しさだ。
「これってさ、わざわざ閣下が対面する必要ある? どっか遠くから吸われるの見てたら?」
降ろした時点で既に物理接続は完了している。正確には、接続した器に降ろす。
つまり、始まった時点で罠は完成しているのだ。
「否。向こうにも切り札のひとつやふたつはあるだろう。それが肉体の性能に依存しなかった場合、少々厄介な事になる。だから残り少ない時間を浪費させる。何もさせん。たとえしたところで、手が届く距離に居る私が直々に叩き潰す」
「……怖いひと」
器とアルバコアを繋ぐは
破るには純粋な魔力の出力で押し切るしかない。
しかし現状、
さらに用意した器は一切の魔力を扱えない特注品。
故に破れない。破れる筋道がない。玉座から離れられず居座り続けるしかない。
万が一に備え、最強の番人が至近に控えているおまけ付で。
ならあとはアルバコアを起動させ『中身』が吸い取られるのを待つのみ。
ちなみに、これまで3度行った起動実験では、およそ20~40秒後には対象は吸い尽くされ灰になった。
老人から見ても中々の魔力保有量を誇る術士や魔獣だったが……起動はおろか、微かな反応すら引き出すことができなかった。つまりは、微塵の足しにもならなかったのだ。
故にこうして降神などという理外の方法に行きついたのだが……。
本番を間近に控え、にわかに湧き上がる不安を踏み潰そうと老人は各々に指示を出す。
場所としてはピラミッドの中腹あたり。頂上玉座からは見えぬ箇所へ、歪な構造を生かすように死角へと配置して行く。
お前はそこ、お主はここ、そして貴様は――。
もしもの場合、すぐさま殺れるように、過不足無く配置して、
「おい、こんな真後ろでは背もたれしか見えぬではないか。余は見物に来たのだぞ。爺の顔を立てて隠れてはやる。だが見えぬのは絶対に駄目だ」
背面に配置した
「なあこれ、隠れたり武装したりする必要あるか?」
一族に伝わる宝剣を撫でながら、蜥蜴がぼやいた。
「相手は仮にも神とうたわれる存在。臆病ぐらいで丁度いい」
幾多もの戦場を共に駆けた戦斧を背負う獣が諌める。
「ま、言わんとしとる事はわかるがの。この器、何度確認しても魔力を生成する機能が存在せん。出来る事といえば、この細っこい枯れ木のような腕で殴るのが精々じゃろうて」
器をアルバコア頂上の玉座に固定しながら、女王にして呪術の大家である蛇が最終確認をしている。
「汝らは理解しておらんのか。此度の意義は、崇高とされる存在の陵辱にこそある事を」
「じゃ、俺は良い感じの場所で」
「おいキッドマン! 何度も言うが、好き勝手に撃ってくれるなよ。下に居る誰かが攻撃を『当てる』までは待機だ。脅しでわざと外す一撃を放つ事があるやも知れん。彼奴が動かなければ事は成るのだ。如何に殺し易いとはいえ、本当に殺しては計画が水泡と帰す。わかっておるな?」
「あー、はいはい。わかってますよ爺さま。俺はオーダー以外の仕事はしないよ。誰かが当てるまでは見てる。了解了解」
これは
彼奴が玉座から動き、逃亡しようとした際の足止め。あるいは仕留める事による強制中断。
わかってはいる。理屈の上では絶対にそんなことにはならない。
だが稀に、現実は理屈を飛び越える。
それを知るからこそ老人は、これが無駄に終わるようにと望みながらも備えるのだ。
「どうだね女王? その玉座に、なにか気になる点でも?」
「いいや、無い。文句のつけようが無い」
「宜しい。ならば――始めようか」
そうして、すべての準備が整った。
今宵昔話は、兵器の燃料として使い捨てられる。
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