第2話 魔法



 やることは決まった。


 この巻角野郎イカれたクソにぶちかます。やられる前に、とにかくやってやる。


 とはいえ、この細っこい腕で殴ったところで、まあノーダメージだろう。

 いや、それどころか、無駄に切り札を晒すだけというマイナスしかない死に手だ。


 気付かれずに、完全な死角から先制できる。


 これが今ある最強の手札だ。

 最大限活かすなら……わけのわからない内に仕掛けて、わけのわからない内に終わらせる。これしかない。


 しかし、腕力ではどうしようもなく、無手のおれにできることなど殆どない。さらに有効手ともなればほぼ皆無。それでもどうにか、なけなしの絞りカスを言葉にするならそう。


 ――魔法。


 まあ、そうなるよな。

 というか、現に今やってる『これ』も完全に魔法的なやつだよな。

 知ってる単語を当てはめるなら……使い捨ての影分身って感じか。

 玉座に居るのが親機本体でこっちが子機使い捨て。あ、他からは見えないからステルス子機か。さらに視覚、聴覚、嗅覚もばっちり感じる上に静音性も完備。謎の無線LAN接続で切り替えも一瞬。ラグはほぼなし。


 そんな芸当ができてる時点で、おれも『魔法としかいいようのない何か』が使

 できるできないじゃなくて、もうすでに


 そして、ついさっき、具体的な応用例も見せてもらった。

 なんか凄い速さで飛んでくる黒い杭ロケット弾を特等席で見たばかりだ。


 うーん。けどなあ。


 なんというか、あの顔色の悪い姉さんは『魔法』で攻撃したつもりなんだろうけどさあ。

 いや、何もないところからいきなりあんなの飛んでくるんだから、そりゃ『魔法』って呼ぶのに相応しい超常現象なんだけどさ。


 けどあれって、赤外線誘導のロケットランチャーとか何かそういうので、同じようなことできちゃうよな、たぶん。もっと簡単に5方向同時射撃がしたければ、ロケラン担いだゲリラ兵を5人用意すればいい話で。

 そりゃ金はかかるだろうけど、内戦やってる地域の反政府組織とかが持てるぐらいのお値打ち価格で大量生産されてる物だしなあ。

 国家が後ろ盾の軍隊とかになると、もっとトンデモな超兵器とかわんさかあるしなあ。


 ……なんというか、確かにあの魔法は凄かった。きっと、もっと凄いやつもあるのだろう。それこそ、BC兵器や大陸弾道ミサイル、核兵器みたいなやつもあるのかもしれない。

 凄いと思う。恐ろしいと思う。見る人が見れば、質量保存の何たらが――とか、何ちゃらの第何法則が――とか色々あるのだと思う。


 けどそれってさ、ぶっちゃけでしかないよな。

 世界中の軍隊が大量生産して、実際に運用してた兵器群の、私的な小規模再現だよな。


 つまり、あの顔色の悪い姉さんが見せたのは。

 魔法という未知の超技術を使って再現した、武装したゲリラ兵5人分の働きというわけだ。


 いやいや。

 待て待て。

 そうじゃないだろ。

 なんでそんなもったいないことしてるんだよ。

 魔法とかいうトンデモな力を使って、なんでそんな、ワリと普通に再現できるようなことしてるんだよ。

 なんというかその、うまくいえないんだけど。


 魔法なんていうトンデモ超技術を使うなら、もっと滅茶苦茶でも、いいんじゃないのか?


 たとえばそう。

 足を止める。巻角野郎まで、あと一歩。


 思い出したのは、国民的人気を誇った某バトル漫画だ。

 敵戦力のインフレが煮詰まった終盤、敵役のふとっちょ魔人が使用した、超人バトルの中でも一際イカれた超性能を誇る一撃必殺の理不尽技。


 通称、飴になるビーム。


 それに当たると丸い飴になって地面に転がる。それで魔人に食われる。めちゃくちゃ理不尽な一撃必殺。誰もが思った。どうすんのこれ。実際Z戦士じゃなきゃ即死だった。そしてここにはZ戦士はいない。これだ。どうせやるならこのレベルだ。


 とはいえ、おれは元巻角野郎の飴玉なんて口にしたくない。もっと実用的なのがいい。現状を好転させる要素があれば尚いい。

 このわからないことだらけの状況を――。


 そこで悪魔的ひらめき。


 わからないなら、知ればいい。

 知るために必要なのは。


 本。本だ。本がいい。本なら知りたいことを知れる。読めば。質問に答えるつもりのない巻角野郎から、こっちの知りたいことを全て知ることができる。



 ――『宵の葉』承認。あなたの行く先に温かい泥がありますよう。



 透き通っていて、けれども確かな芯の強さがそこはかとなく感じられ、しかしある意味浮世離れした透明感ゆえに、童謡や民謡を歌えばなぜか怖くなってしまうような澄んだ声が聞こえた。

 ピラミッドから。

 は?

 なんでピラミッドが喋るの?

 つうか今の声どっから出た?

 こめかみに違和感。痺れて浸み込む。

 待て、なんだこのカルマとか暗原子とかいうどっかで聞いたような謎単語は?

 いや、組み換えっていやお前、トウモロコシじゃないんだから。

 対象の規定値超過確認ってそれ何基準よ? え? カルマ?

 いける? うん、いけるのはいいんだけど――ああ、今それはどうでもいいか。ごめん、無様晒した。ちゃんと聞くよ。続き頼む。

 接触? 子機でもOK? 素肌じゃなくても? よしきた。

 最後に力ある言葉? 心震わす言の葉? じゃあ最高にイカした映画のタイトルで。たぶんおれを含めて、全世界全時代を合計すると軽く1000万人以上の心を震わせてるだろうから、とんでもないことになってる筈。


 ゆっくりと五指を折り畳み、開く。

 つるりとした小さな掌。やはりどう見ても違和感しかない。どう考えても自分のものとは思えない。

 握り潰す。


 疑問や不可解は山ほどある。が、今必要なのはそれじゃない。今必要なのは、即決実行。できるならやれ。こっちをただ従うだけの能無しと勘違いしてるサイコ野郎に、

 ここでしなきゃ、後はもうされるだけだ。


 玉座を見上げる巻角野郎の無防備な背中を、どんと叩き、告げた。



 ――悪魔の弁護人ディアボロス



 どろり、と染み込み、組み込まれ、解けて溶けた。

 巻角野郎が弾かれたように振り向く。眼が合う。

 顔一面に広がる驚愕。やっと余裕のにやけ面を崩せた。うん満足。

 にこりと笑みを叩きつけ、瞬きひとつ。


 玉座から見下ろせば、巻角野郎の背後が吹き飛ぶ所だった。

 手を振るだけで黒い衝撃波飛ばすとか、烈○拳みたいで格好いいじゃないか。

 なるほど、黒いのを千切ってジェット噴射って感じね。つうかあれ千切れるんだ。よしパクろう。


 空振りを悟った巻角野郎が玉座を仰ぎ、大きく腕を振りかぶったところで……停止する。

 ここで動きを止める理由なんてない。だから『止めた』のではなく『動けなくなった』のだろう。

 正直、見様見真似の烈○拳モドキで対抗できるか怪しかったので、内心ほっとした。



「……キ、キサマ、ナニをし」



 いい終わることなく、巻角野郎は背を折る。丸める、ではなく。折れた。折れて、折れて、3度繰り返し圧縮となる。



「……うわあ」



 正直、ドン引きだった。

 人間大の質量が嫌な音を立てながら、骨とか内臓とか削ぎ落としつつ圧縮されていく様は、控え目にいってドン引きの一言だった。かなりグロい。が、眼は逸らすまい。おれはやられるよりやるを選んだ。むしろ反撃を警戒すべきだろう。こちらが出来ることは向こうも出来ると考えるべきだ。こういった無茶苦茶は、きっと向こうにも



「キィエエエエエエエェェェグッ!」



 カン高い雄叫びをあげた巻角野郎がそのまま潰れた。

 頭部が折り畳みに巻き込まれ、職人が作るだし巻き卵みたいに一瞬でクルっといった。

 反撃を警戒すべきだろう(キリッ)などといっておいてなんだが……魔法がヤバ過ぎる。一撃入ったら、もう殆ど抵抗の余地がない。


 折り畳まれて四角くなった『それ』が、さらに圧縮され順次裁断されていく。

 ……きっとこれは製本作業だ。肉々しすぎて解体作業にしか見えないが、きっとそうだ。

 目の前の現象を、おれの知ってる単語で無理矢理説明するなら……即効性の強制遺伝子組み換え謎パワーにおまかせVerR18、とでもいうべきか。

 うん、何いってるのか意味わかんない。


 けどこれも、おれの居た日本から何百年後かの人間が見ると『即効性遺伝子変換とかワリと実現可能なことしてて折角の魔法が勿体ねー』とか思われるのかもしれないな。


 などとひとり納得している内に巻角BOOKは完成し、ばたんと地に落ちた。

 その後を追うようにして、表紙の上にぼちゃり、と脈打つ心臓が落ち、染み込むように沈んでいく。

 ……なんでそういちいちグロいかな。


 気を取り直し、とにかく手に取ろうと玉座から降り――るより早く、本の方からすっ飛んで来た。おれの目の前で急停止し、そのまま謎パワーでホバリング。

 突っ込んでもしょうがないので、うん便利、ぐらいで流しておく。


 そうしていよいよ巻角BOOKを開こうとして、一瞬だけ『これを素手で触るの?』と固まったが……押し切った。やるやらないじゃなく、やるしかないから、やる。ここで出来なきゃ、きっとおれに先はない。なにより今は情報が必要だ。行け。


 目次もない本を適当に開けば「具体的に」と書かれていた。

 少し考えてから「お前の名前は?」と本を開けば「ゲオルギウス・アルカテノオル・ダンタリオン也」と記されていた。

 本……というよりは辞書か。

 つうかお前『也』って。あの口調、普通に素だったのね。


 ともあれ、最低限のルールはわかった。

 じゃあ最初に知りたいのは。



 なぜおれをここに連れて来たのか?

 ――皇魔城の動力とする為。

 皇魔城とは何か?

 ――地の果てまでも一息で駆ける、高速機動要塞也。

 おれを動力とする具体的方法は?

 ――アルバコアへと物理接続し、無限に存在する闇を魔力へと変換させ続ける。

 それって絶対苦しいやつだよな?

 ――是。ありとあらゆる苦痛を百万年かけ味わうを百万回繰り返すが如く。



 はい予想以上にロクでもなかったー!


 いやまじで先手打ててよかった。

 もうちょっとグズグズしてたら、わけのわからん地獄拷問エンジン一直線だったとか、笑えないにもほどがある。

 ……この巻角BOOKは読み終わったら焼却だな。


 パラパラと流し見しつつそう密かに決めた時、視界の端に動くものがあった。


 反射的に見ると、下半身が四足獣の筋肉男が、でっかい斧を振りかぶりながら跳躍していた。もちろん、全体重を乗せて振り下ろす先はピラミッドの頂。つまりおれ。


 やばい、ボケてた。しくじった。


 考えれば当然だ。

 仲間がいきなりスプラッターなやられ方をしたなら、確かに一瞬、頭が真っ白になるだろう。そしてその後、報復に出る。当然だ。仇はすぐそこにいる。やらない筈がない。


 本当ならおれは、連中が呆気にとられている内に巻角BOOKを抱えてダッシュで逃げるべきだったのだ。のんきに読書なんぞしている暇は一秒たりともなかったのだ。


 斧が振り下ろされる。

 こいつも触れば本にできるか?

 いやダメだ。足りない。こいつはまともすぎる。きっとこいつは真っ当な戦士というやつだ。

 反射的に巻角BOOKを盾にする。

 全重量の乗ったドでかい斧に対し本で防御。あ、これ絶対ダメだわ。


 ざく、と本に刃先が食い込んだところで、



「ギィィエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェ!」



 巻角BOOKが叫んだ。

 お前喋るんかい!

 などと突っ込む間もなく両断されるはずだったおれだが、なぜかまだ生きていた。

 しかも無傷。あの重量から生み出される運動エネルギーが、よくわからんが完全消滅。つうか斧と本がぶつかった瞬間のまま、筋肉ケンタウロスが空中で停止していた。これもう物理法則とか一回完璧に忘れた方がいいみたい。いちいち引っかかるだけ時間の無駄な気がしてきた。



「……たわけ。相手が違うぞ、ゲオル」



 いい終わるより早く、筋肉ケンタウロスが灰となり散っていく。

 同じように、盾にしていた巻角BOOKも灰となって消えていく。


 そこで気付く。


 おそらくこれは、巻角野郎が仕掛けた最後の一撃だ。

 自分を殺したやつを巻き添えにして灰になるという、呪いじみた不可避の自爆だ。

 きっとこれが、やつの用意していた無茶苦茶まほうのひとつだったのだろう。

 思ってたよりも数段、巻角野郎は危険で出来るやつだったと、今さらながらに肝が冷え――るよりも先に動け、ぼさっとするな、同じ失敗を2度続けるな、いいから動け!


 いいガタイをした筋肉ケンタウロスの全質量が灰となり飛散したので、ほんのひと時だけ白い煙幕が辺り一帯を包み込む。


 そのチャンスを逃さず、ずるり、と玉座から滑り落ちた。

 ただし今度は、子機を椅子に残して、おれ自身が滑り落ちた。

 ズレたVRゴーグルのように二重になる視界。最初から子機の目は閉じておいたので、すぐに親機本体視点のみになる。

 受け身を取り、立ち上がる。

 予想通り、巻角野郎の消滅を機に玉座への縛りは解けているらしい。


 ならまずは――どうにか子機のステルスを解除しようと試行錯誤した結果、手で触った部分に色がつくことが判明。白い霧のなか少女の全身をまさぐる事案が発生したが、まあ自分なのでセーフ。

 次に玉座に全裸であぐらという絵図がシュールすぎたので、烈○拳モドキで飛ばそうと考えていたやつを切り取り、マントのようにして纏わせておく。

 ついでにおれ自身も闇マントに包まり、さらに両目の穴を開けた袋状のやつを被って、雑だがないよりマシと信じたい暗黒保護色装備を身に付ける。

 そうして、残りの連中からは死角となるピラミッドの段差に伏せた。

 なんだか非常に情けない作業だが、まあ逃亡なんてそんなものだ。


 そう、今度は間違えない。

 ついさっき死にかけた授業料を無駄にはしない。

 魔法初心者のおれが、今日までこの魔法世界で生きてきた連中に太刀打ちできるなどと考えてはダメだ。

 最善手は逃げの一手。これしかない。


 ただ逃げるにしても、そう簡単にはいかないようだった。


 ざっと探ってみたところ、どういったワケかこの地下空間、出入り口の類が見当たらないのだ。

 連中がここに居る以上、何かしらの移動手段はあるはずなのだが……どうしても発見することができない。暗闇の中なら遠近法全無視かつ、闇に反射した暗がりを覗き込むという意味不明な視界をフル活用しても見つけることができない。

 貴重な1秒が過ぎていく。

 まずい。

 さらに貴重な1秒が過ぎていく。

 まずい拙い。

 ぐずぐずしていると、チャチな偽装はすぐにバレて、おれ自身も数の暴力によって圧殺される。つうかこの開けた空間で11人の眼をかいくぐって逃げるとか……。


 いや。

 違う。

 違うだろ。

 いま必要なのはそれ泣き言じゃないだろ。

 向こうの数が多いと嘆くなら、逆に向こうの数が多くてよかったことを探せ。


 冷たく縮こまりそうだった心に、空元気をふかす。


 行き詰ったなら足元を見ろ。それで何に躓いているかはわかる。

 そもそも連中はここに何をしに来た?

 皇魔城とやらのエンジンパーツを確保しに来た。まあぶっちゃけおれだな。

 

 いや、待て。違う。

 そもそもおれは、最初から確保されてた。気付いたら椅子に釘付けで身動きが取れなかった。

 ならあいつらは、すでに確保していたおれ相手になぜ11人もぞろぞろと連れ立ってやってきたのか。

 エンジンの材料を確保したなら、次にすることは何だ?

 ……決まってる。加工だ。

 実用に耐えるよう手を加えて、調整して、組み立てるのだ。


 ならば。


 光明が差す。

 どうすればいいのか見当もつかなかった現状が、頑張ればどうにかなるかもしれないノルマに変わりつつある。

 ゆっくりと芯が高揚していく。手足が熱を帯び始める。


 連中はここに、確保したエンジンの材料を『加工』しにきた。

 ならば。

 ここに来た11人の内、いくらかはエンジニアではないのか。


 さっきの筋肉ケンタウロスや巻角野郎のように戦える『戦士』ではなく、戦闘は専門外の技術屋が混じっていると考える方が自然ではないだろうか。


 ならば。

 そうだとするならば。


 もしこの場で、自分の身が危うくなるようなドンパチが始まってしまったのなら。

 護衛の戦士たちでも己の身を守りきれないような事態に陥ってしまったのなら。


 当然、この場から離脱するよな。

 技術屋が戦闘で命張るとか愚の骨頂だもんな。

 つうか普通に考えると、護衛が身体張って逃がすよな。どんな場所でも腕のいい技術屋は貴重だしさ。皇魔城とかいう凄そうなやつの心臓部任される技術者とか、どう考えてもトップクラスの腕利きだろ。もし万が一があったら、あまりにでかい損失だ。


 だから逃げる。逃がす。

 その際、当然、どこかにある出口が開く。


 これだ。

 これしかない。

 出口を確認次第、全力でおれも飛び込む。


 それにはまず。


 広大な地下空間。その殆どを埋め尽くす、無尽の闇を見渡す。

 巻角BOOKで知った内容と顔色の悪い姉さんが実演してくれた杭ロケット。

 一発あたりの消費量をざっと見積もり、どれだけ撃てるかを試算してみる。

 解。たくさん。

 一度にどれだけ撃てるか、試算してみる。

 解。たくさん。

 どこから撃てるか、試行してみる。

 解。暗闇ならどこからでも。

 本当に出来るのか、子機の上方に杭を形作り、実際に試し撃ちしてみる。

 残りわずかだった白い煙幕を完全に吹き飛ばすハメになってしまったが、どうにか出来た。

 予告の意味も込めて、連中のすぐそばに着弾させておく。

 もし不意打ち気味に決まってエンジニアが死亡しちゃうと、そもそも逃げる動きが発生しない恐れがあるので『これがいっぱい来るからちゃんと守れよ』という願いを込めた予告だ。


 実際こちらに手加減する余裕などない。

 事が始まると、連中はこぞって元凶である玉座上の子機へと殺到するだろう。

 そうなれば、純粋な物量に圧殺されてお終いだ。

 だから近づかせないよう、杭ロケットを死ぬ気で連射するしかない。断言できる。手加減する余裕なんて絶対にない。 


 子機をやられても死にはしないだろうが、ここまで各種感覚がリンクしているのだ、まったくのノーダメージとはいかないだろう。むしろ予感としては、ギリ命だけは保障されるレベルの深手を負う気がしてならない。


 だからといって、そう簡単に子機を消すわけにもいかない。

 いきなり玉座から消えたら、どんな馬鹿でも逃亡の可能性に行き当たる。ついでにいうなら、どんな間抜けでも、出口を塞ぐくらいの知恵は回る。


 なので、やることは4つ。

 脅して、逃がして、粘って、おれも逃げる。


 連中には『まだ玉座から動けませんよ』とアピールしつつ、エンジニアの身の安全を脅かす。こりゃいかんと非戦闘員を退避させようと開いた出口へ、こっそり回り込んだ本体が飛び込む。うん、きっとこれが一番芽がある。


 よし。


 一番大事なのは、先手を打つこと。

 最初にかまして、後は連射して釘付けというのが理想だが、そう上手くは……いかないだろうなあ。

 もし黒い杭ロケットが当たってもノーダメージでお構いなしだったら……うん、詰むな。そうならないよう、できるだけ硬く凝縮して最高出力で撃ち出そう。


 息を吸って、吐く。


 まずは杭を形作る。

 無数のロウソクのみが照らす広大で薄暗い地下空間。その中で闇と定義できる上空すべてに、できるだけ隙間なく埋め尽くすように徹底的に。ここでの手抜きは死に直結する。初動が全てだ。今だけは己の臆病さを遺憾なく発揮しろ。世界中に笑われてもここだけは譲るな。本気になれ。死力を尽くせ。連中の度肝を抜け。こいつら技術者だけでも逃がさねばと、即決させるだけのインパクトを与えろ!


 気が遠くなる一瞬の後、連中が動き出す予兆を見て取る。

 今だ。ここで撃てば、一歩踏み出した鼻先にぶちかませる。

 攻めに出た途端。防御や回避が念頭から消え去る好機。


 そこへ、ぶつかれ。


 一斉に。


 全弾、発射。


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