邪神さまがみてる

原 太

第1話 降臨



 ――ああ、奇跡よここに。泥の輝きよ、濁り寿ぎ広がり満ちろ。



 なんか野太く低いおっさんの声で目が覚めた。


 おかげで寝起きは最悪。すぐには眼を開けたくないと、少し開いたところで目蓋はさび付いた。


 どうせならもっとか細く透き通っていて、けれども確かな芯の強さがそこはかとなく感じられ、しかしある意味浮世離れした透明感ゆえに、童謡や民謡を歌えばなぜか怖くなってしまうような澄んだ声で起こされたかった。



 ――満ちろ。満たせ。見せよ。御世の背を。そうあれかしと、死を晒せ。



 さっきからうるさいな。なんだよこれポエムかよ。そういうのはこっそりやれよ。この至近距離かつ大声で叩き込んでくるとか、ちょっとメンタル強すぎて引くわ。お前スープバーのカップでドリンクバー並べるタイプだろ。あと、なんか微妙に韻を踏んでるのがいらっとするなこれ。



 ――我等が喉に、我等が舌に、我等が頬に! 満たせ満たせし闇と死を!



 おっさんの謎ポエムは加速していく。

 はじめはゆっくりと。そこから徐々に抑揚をつけ力強く。



 ――噛み付きませぬ。あなたが噛めというまでは。

 ――噛み砕きませぬ。あなたが砕けというまでは。

 ――口に含みませぬ。あなたが含めというまでは。

 ――呑み込みませぬ。あなたが呑めというまでは。



 あ、なんとなくわかる。ここからサビだ。にわかに上がるおっさんのボルテージを感じ取ったおれは、宇宙で一番どうでもいい確信を抱くと同時に……そろそろ、なにかがおかしいと気付き始めた。



 ――求めは示され、証は此処に。満願成就の夜は今! いと昏き星よ! 此処に墜ち給え!



 むせた。と同時に今まで息をしていなかったことに、ようやく気付いた。

 一度自覚してしまえば、もう抗うすべはない。内から外へと吸い込まれるようにして、すべての息が出て行くのを止められない。



 ――降臨せよ! 今此処に! 彼の再来は! 今此処に!



 がん、と叩きつけられるような衝撃。硬い感触。尻が痛――くはないがクッション性能は最悪。



「おはよう御座います。宵の昏星。温かい泥。お目にかかれて恐悦至極に――」



 さっきまでよりもさらに近くからおっさんの声が聞こえる。

 というか、そこにいる。

 なにやら大袈裟な言葉を並び立てて、会えてちょー嬉しいまじ最高! という意を伝えている。

 このまま寝たふりを続けるのは……まあ無理だろう。なんかそういう空気じゃないっぽいもんなこれ。

 とりあえず、おれは眼を開いた。

 斜め下2メートルほどの位置に、片膝をついた件のおっさんらしき奴がいた。


 が。


 なんか頭から角が生えてた。顔色が悪いを通り越して紫色だった。



「……んん?」



 左右2本のぶっとい巻き角が、それぞれにょっきりとこんにちわしている。きっと帽子は被れまい。ボリューム的にヘルメットも無理だ。中免どころか原付も取れないデメリットを超える益を、あのわがままホーンは与えてくれるのだろうか。


 いや、そうじゃない。いま考えなきゃいけないのは、そんなのじゃない。


 おっさんは真っ黒いローブに身を包んでいた。わずかに見える手足も紫色。考えるまでもなく人間の肌色ではない。というかそもそも、そんな格好とかV系バンドのPVでしかみたことねえよ。あれだよほら、崖っぷちで両手広げて天空を仰ぐタイプのやつ。


 ……うん、その、なんだ。ちょっとパンチが強すぎるな。うん、一旦保留。


 眼下のおっさん(仮称:ファナティックラクリマおじさん)から視線を外し、あたりを見回してみる。

 どうやら屋内らしく、石造りの壁面には等間隔でロウソクが立てかけてあり、さらにあちこちに燭台が設置されている。その数10が10のそれが10で――ざっと千を超えたあたりで数えるのをやめた。奥行きといい天井の高さといい、なんちゃらドーム10個分ぐらいはあるんじゃないだろうか。

 そんな大広間の中心部に、小型(とはいえ一辺30メートル級)のピラミッドのようなものを造り、その頂点部分を削り出し石の玉座に仕立てあげて、そこにあぐらをかいて座っているのがおれだなうん。



 すう、と頭が冷えていく。



 理由は簡単。至極単純。ゆえに現実として重みがある。



 ぱっと見た感じ、これ、めちゃくちゃ金がかかってるのだ。



 この薄暗くてじめっとした感じ、まず間違いなく地下だと思う。

 地下にこれだけ広大な空間を用意して、そこを埋め尽くす数のロウソクと燭台。しかもよく見るとロウソクの一本一本に何やら小さすぎて読めない文字が大量に刻まれている。かたちの違いを見るに、一本たりとも同じ文言はないようだ。つまりオール手作業。

 燭台の方も量販店の画一規格による量産品ではなく、どっかのアートギャラリーでみたことのあるような、ハンドメイド特有の味があるものばかりだ。こちらもロウソク同様、すべてに異なる謎の文言が刻まれているっぽい。これまたオール手作業。


 さらに今おれが鎮座しているピラミッドもどき。

 なんというかこれ、恐ろしいことに、石の継ぎ目が見当たらないんだよね。

 こう、段と段の隙間がない。まったくない。完全にゼロ。埋めた形跡もなし。そして例の如く謎文字の羅列。ロウソクより距離が近い分よく見えるんだけど……だめだこれ読めねえわ。日本語でも英語でもない。見たことない文字。それがこう30メートルクラスの三角錐にびっしりと。うん。引くわー。



「……うわあ」



 さらにこれ、どうやら見る角度によって模様というか絵になるみたい。

 わかりやすくいうならそうあれ、高速道路とかで走行中に見ると「スピードおとせ」とか文章になって見えるやつ。停止して正面から見ると、間延びした線の破片にしか見えない、目の錯覚を利用した一種の騙し絵。

 たぶんそれの亜種みたいな感じで、見る角度によって古代文明の壁画のような絵が切り替わっていくようだ。発生。授かり。宵の葉。発展。裏切り。破滅。終の葉。そして――いやいや何だよこの謎技術。さりげにストーリー仕立てにしてんじゃねえよ。そういうの怖ぇから。


 とまあ、それらすべて諸々含めて――場所代、設備代、材料費、職人の人件費、作業員の人件費×完成までの日数――どう低く見積もっても、億は下らないと思う。というか、この地下空間を確保する時点で足が出るだろう。

 もし奇跡的に、どこかマイナーな外国の土地を格安で押さえられたとしても、一辺30メートルのピラミッドを削り出せる大石の確保にどれだけのコストが掛かるのか、正直想像もつかない。


 つまり、さっきから何がいいたいのかというと。






 本気、なのだ。






 ここまでのものを用意するには、馬鹿みたいな金と、気の狂ったような労力が必須なのだ。


 そんな本気の只中にいる、巻角を生やしローブを着て、紫色の肌をした中年男性。よく見ると異様に肩幅が広い。本気で鍛えた者特有の、一目でわかる逆三角形体型だ。


 そこでふと、これまで面を下げ口上を述べていた巻角男が顔を上げた。

 男とおれの視線が、はじめてぶつかる。



 ――あ。だめだこりゃ。



 ここでようやく、本当の意味で目が覚めた。どこか冗談めかして考えるのは止めにした。


 そうして冷え切った心地で、おれの位置からは死角になる物影を中心に視線を走らせた。

 すると予想通り、右に6人、左に5人の計11人が身を屈めるようにしてそこに居た。巻角男よりもさらに数段下の、ちょっとした踊り場のようなところで皆一様にひざまずいている。なんで隠れているのか? と聞かれても、皆と同じようにしているだけ、と答えれば何もいえなくなるような絶妙な配置だった。


 なぜおれは死角を見ることができるのか、という当然の疑問は、言語化するより早く砕けて消えた。それどころじゃねーというか、ただただ純粋なインパクトにぶち抜かれた。


 隠れるように身を屈めている11人はその全員が武器を携帯していた。

 武器とはいっても、銃やナイフといった誰もが思いつくような物ではなく――馬鹿でかい剣や鎌だったり、刃の部分がゲーミングチェアぐらいある両刃斧だったりと、中々にパンチの効いたものばかりだった。

 が。

 そんなもの、すぐにどうでもよくなった。

 それらごつい武器を持っている連中が――首から上がトカゲのプレートアーマを着込んだマッチョだったり、なんか露出の多い下半身が蛇のお姉さんだったり、コウモリの羽根が生えた爺だったり、素肌にマント装着のライオンもどきだったり、それからそれから――そのほとんどが、言い訳の余地がないぐらい化け物だった。


 特殊メイク。機械工学。遺伝子操作。素人考えで3つ浮上。2秒で解。んなわけねーだろ、意味がない。わざわざおれに見せる意味がない。というか現状隠してる。ならば4つ目。そういう生き物。

 知らず右手を額に添えていた。

 そうしてとりあえず視界を切り、とにかく落ち着けと自分にいい聞かせようとして。



 その手のあまりの小ささに、目覚めてから一番の衝撃を受けた。



 いやいやいやいやいや! まてまてまてまて! これおかしいから! おれの手はもっと、



「……え?」



 もっと、何なのだろうか。

 ここから先が何も出てこない。

 たぶん大きかった気がするんだけど……どのぐらい?

 わからない。

 よし基本に立ち返ろう。まずは名前からいこう。おれの名前は?

 わからない。

 どこに住んでた?

 日本。これはいける。

 今は何年の何月何日?

 わからない。

 雷禅の昔の仲間で一番背が低い彼の種族は?

 メタル族。

 宇宙一格好いい命乞いの台詞は?

 明日ヒットスタジオに戸○純が出る。

 ここに来る前はなにをしていた?

 わからない。

 下卑た快感とは?

 キャベツ畑やコウノトリを信じている可愛い女のコに無修正のポルノを以下略。


 うん。肝心なことはダメだけど、どうでもいいことはやたら覚えてるな。



「――まずはご安心を。ここには貴方様の敵はおりませぬ」



 じっとこちらを見つめたまま、巻角男が語りかけてくる。



「…………」



 とりあえず無言。単なる時間稼ぎ。

 こんなのそう長くはもたない。どうする。なんかやばそう。どうしよう。どうしたい。



「私は貴方様の味方です。……いえ、味方などと畏れ多い。しもべとご理解いただければ」



 はあ? 武装したやばそうな奴らこっそり潜ませといて味方とか僕とか、やっぱりこのおっさん頭沸いてんな。うん。思ったとおり、こいつ微塵も信用しちゃだめだわ。


 この時点で、パニックになるという選択肢はなくなった。

 そんなことをしている場合ではない。こいつに隙を見せてはならない。

 そう理解すると同時に、とにかく立ち上がろうとして、



「……んん?」



 がくっとつんのめった。

 玉座から立ち上がれない。押しても引いてもびくともしない。あぐらをかいた姿勢から肘掛に両手を添えて、ぐっと力んでみるが微動だにしない。え、なにこれ怖い。


 そんなおれの様子を巻角男はじっと見ていた。その表情は固定されたまま、慌てた様子はない。つまり奴にとってこれは慌てるようなことではない。予定通り。想定通り。


 ……ふーん。そっかそっか。

 理屈はさっぱりわからないが、こいつがなにかして、その結果おれは玉座ここに釘付けと。

 あーはいはいそういうわけね。わかったわかった。なるほどなるほど。完全に理解したわ。おっけーおっけー。



 ……ふざけんなよ、この野郎。


 

 ようやく状況が理解できた。

 気がついたらここにいたということは、普通に考えて、おれは拉致されたんだろう。

 んでいまこの豪華な玉座っぽい椅子に拘束中と。



 ……いや、まじでふざけんなよ、この野郎。



 恐怖はある。というか正直、恐怖しかない。

 だがいまこの状況で一度でも怯えてしまうと、もうそれしかできなくなるという確信があった。

 きっとおれはそう勇敢なやつじゃない。

 だから一歩先んじて、縮こまるよりはやく前に出るしかないのだ。

 小さく息を吸って、吐く。



「――で? 用件は何だ?」



 下手に出るのはやめた。

 意味がないからだ。

 こちらの出方次第で対応を変えるつもりなら、拉致って拘束などしない。

 

 ここまでするのだ。……いや、すでにのだ。普通に考えると、向こうの結論はもう決まってる。

 なら今ここは、それにおれが『どれだけ添うか』をはかる場でしかない。

 つまり、このままじゃやばい。1秒でも早く逃げなきゃ絶対ろくなことにならない。


 だからこっそりと全力で暴れている真っ最中だったりする。



「用件、などと仰って下さいますな。宿願にございます。貴方様の。我々の」


「答える気はないと」



 相変わらずぴくりとも動かないので、表面上は頬杖なんかついたりして余裕ぶってたりするんだけど……水面下ではそりゃもう全力でびったんびったん暴れてる真っ最中なんよ。



「これは失敬をば。抽象を語るは我が悪癖にて。何卒ご容赦を」



 水揚げされた瞬間のエビが「お前ちょっと落ち着けよ」と諌めてくるレベルでびったんびったんしているつもりなんだが……お、ちょっと動いた。これいけるんじゃね? あともうちょいでいけそう……か?



「ふうん。……それで?」



 口は動かしたまま、暴れる力はもっと強くもっと大きく、もっと真剣にもっと全身全霊をかけて。ここだ。ここでどうにかしなければもう、


 すぽん、と玉座から飛び落ちた。


 勢いのまま顔面から着地し、そのままがががと段差を滑り落ち、巻角野郎の隣でスライディング土下座のような姿勢で停止。

 痛みはない。普通に鼻ぐらい折れてもおかしくない勢いだったが、なぜかノーダメージ。無傷どころか痛みすらないとか、何だかおかしすぎるのだが今はとにかく。


 ……これ、どうしよう。


 あれだけきめっきめで「用件は何だ(キリッ)」とかかました後にこれはきつい。

 巻角野郎もリアクションに困っているのか跪き無言のまま。


 ――押し通る。


 心の中の若武者を解き放ち、何事もなかったかの様に立ち上がる。そしてできるだけゆっくりと向き直り、判決を告げる裁判長のように厳か、



「時が来たのです。幾星霜の夜を越えて。撤退を、失敗を、敗北を、その悉くを超えて! 今我々は此処に居る! そして貴方様がそこに居るッ!」



 巻角野郎が興奮した声をあげる。

 隣に滑り落ちてきたおれではなく、頂上の玉座に向かって声を上げる。

 つられて視線を上げるとそこには……玉座にあぐらをかいて座る10歳ぐらいの女の子がいた。


 見た目は普通の人間だ。羽根も鱗も鍵爪もない。長い黒髪と黒い瞳は見慣れた日本人のそれ。ただし微動だにせず完全に無表情のため、どこか人形めいて見えるのが不気味ではあった。なぜか全裸なのも余計にマネキン感を高めている。つうかこのおっさん、滑り落ちてきたおれに目もくれず全裸少女にかぶりつきとは……。


 いや、そんなわけないだろ。


 さっき理解したばかりだろうが。こいつは本気だと。

 ここでこんな空気を呼んだボケみたいな真似をするはずがない。

 拘束したはずの相手が目の前で抜け出し、手を伸ばせば届く至近距離にやってきたというのに、ノーリアクションどころか一瞥さえしない。


 理屈はわからない。本当にさっぱりわからないが。


 きっと今こいつは、おれのことが見えていない。

 気付いていないとすれば、滑り落ちた時の音も聞こえていないと見るべきか。


 すると、あの玉座にいる全裸少女は、



「この奇跡に立ち会えた。まずはその僥倖に最大限の感謝を。そして心よりの敬服を」



 おれの隣に居る巻角男が、頭上の玉座に向けて恭しく頭を垂れる。


 そこで瞬きひとつ。


 すると巻角男と眼が合った。跪いたままこちらを見上げる薄気味悪い視線とぶつかった。相変わらず、どう理屈をこねようとも「だめだこりゃ」としかいいようのない、終わりきったドブとヘドロを凝縮したような眼。

 急な場面変換。切り替わったとしか思えない視点。つまり、つまり、とにかく喋れ。動揺を悟られるな。



「……で? こんな所に連れてきて、お前は何がしたいんだ?」



 視線を下げれば、細っこい子供の足。あ、やっぱ全裸なのね。うん。玉座にあぐらかいてるし、やっぱそうだよなあ。それしかないよなあ。足し算も引き算もないよなあ。普通に考えてそうだよなあ。つまり――。



 あの全裸少女が、おれなのか。



 正直、意味がわからん。

 だから時間がいる。

 稼ぐ。

 稼げ。

 はったり。当てずっぽう。口からでまかせ。それっぽい言葉。芝居がかった台詞。これまでの巻角男の口調に様子。態度。対応。びびるな。照れるな。本気になれ。少なくとも向こうは本気だ。こちらも同等の熱量が要求されるのは当然だろうが。ここで本気になれないやつはきっと論外だ。武装したヤバそうな奴らは依然スタンバイ中。忘れるな。おれはいまどん詰まり一歩手前だという事実を。かみ締めて、吐き出す。



「……少し時間をやる。次の言葉はよく考えて選べ。おそらく、決定的なものとなる。取り返しは、絶対に、つかない」



 巻角男は眼をぎらつかせたままにい、と笑った。

 おれも同じように笑っておいた。


 状況はなにひとつ良くなっていない。だが好転の兆しはある。わからないならわかれ。御託はいい。今それはどうでもいい。だからまずは。



 もう一度、どしゃっと滑り落ちた。



 今度はちゃんと受身をとった。かつて嫌々やっていた柔道の時間は無駄ではなかった。勝手に開いた記憶の扉をそっと閉じ、さっそく動き出す。


 相変わらずこちらに気付かない巻角野郎は素通りし、隠れてスタンバっているやばげな皆さんの傍に立つ。よし、こいつらもこちらが見えていない。


 ふうむ。


 こうして間近で見ても、この鱗やら羽根やら爪やらのクオリティが損なわれることはない。

ちゃんと呼吸に合わせてわずかに伸縮したり、時たま何故かびくっとした際には連動して軽く浮き上がったりしてる。

 もちろん継ぎ目とか色がはげている場所などない。皮膚の質感、その延長だ。


 あまり近づきすぎると、獣くさかったり磯くさかったりもする。が、それもアロマのような香りの中、ほのかに感じる程度だ。どうやら彼ら(彼女か?)には、香りによる身だしなみという概念があるらしい。ちなみにトカゲっぽいリザードさん(仮)がすかっとくるハッカ系で、ライオンっぽいキングレオさん(仮)が甘い系だ。


 そしてそんなちょいモテ系の皆さんに共通なのが……異様にごつい身体だ。腕の太さが玉座少女の胴体より太い。もちろん安心のガチムチ仕様。しかも、しゃがんであのスケールなら、立ち上がれば2メートルを超えること間違いなし。……3メートルはないと信じたい。そんな奴らがでっかい剣とか斧で武装して、じっと何かを待ってます。なにこれ。まじで怖い。


 こいつらが特殊メイクだとか遺伝子操作だとか超高性能サイボーグだとか、そんな意味のない空っぽの理屈よりも、すげえガタイした奴らが武器をもってスタンバイしているという事実が、ただただ怖い。


 と、そんな中、普通の人間っぽい女の人がいた。

 いや、顔色は青白いを通り越して真っ白なんだけど、それ以外は至って普通。

 首元にボアがついた真っ赤なタイトドレスを着こなした美人さん――と思いきや、表情がよくない。限界まで両目を見開き、口は半開きで下顎がかくかくと小刻みに震えている。その隙間からかすれた声がもれる。



「……あ、ああ、あ」



 なんかやばそうなので足早に通り過ぎようとして、


 つい、と、その視線が追ってきた。


 あ、これ、まずい。

 直感と同時に実験。


 一歩戻ると視線も戻る。奥へ行くと奥へ。手前に行くと手前へ。


 ……間違いない。見られている。彼女にはおれが見えている。


 まだだ。慌てるにはまだ早い。まだ彼女は騒ぎ立ててはいない。

 だからこの『誰にもバレずに移動し状況を確認できる』というイニチアシブはまだ失われてはいない。

 失う気はない。

 失ってはだめだ。

 何もないおれに唯一ある利点を失っては、きっともう、どうしようもなくなってしまう。


 だから指を立てた。


 人差し指をぴんと立て、そのままゆっくりと唇の真ん中にもってくる。


 そう、お静かに。というジェスチャー。

 これは万国共通だろう。たぶん。


 それを見た彼女は、すっと手のひらをこちらに向けた。


 なんだ? ちょっと待ったってことか? いや、待つもなにも、こっちとしてはただ静かにしててくれればそれで、


 そこからの一連の流れは、ひどくゆっくりと、しかしなぜかとてもよく理解できた。


 上下左右。四方八方。この薄暗い地下空間のあちこちにわだかまる闇が、どぷ、と絞り出されて黒い杭を形成。射出。ここまでの所要時間、瞬き半分。


 こちらに向けて飛んでくる黒い杭の速度はちょうどあれだ、バッティングセンターの一番速い200キロのやつぐらい。それがマウンドとは比べ物にならない至近距離で、ノーモーションからいきなりトップスピードで発射された。つまり見てから動いても間に合わない。


 さらにまったく同じタイミングで、おれの後方4ヶ所からも黒い杭が射出。

 そのすべてがおれという中心点に向かい一斉に殺到。

 もし奇跡的に避けられたとしても、集結点でぶつかった各々が反作用により爆発。

 余波で地下空間の6割を吹き飛ばしつつ、爆心地に近いやつなどは消し炭も残らずに消滅すると。


 だからといって、かわさずに受けても即死級の速度と質量が爆発のおまけつきで2本。残り3本は呪で出来ており、込められた願いはそれぞれ「病」「傷」「死」の3禍。病みますように。傷つきますように。死にますように。

 切なる願いは硬い盾では防ぎようがなく、堅牢な防御ごしに、病んで傷つき死ぬ。



 ……うん、だめだこりゃ。



 なんでこんなこと細かにわかるのか、とか。

 これどう考えても魔法とかそういう類の埒外物理学だよなあ、とか。

 こんなのがアリなら、そこにいる半人半獣のやつらもきっと本物だよなあ、とか。


 いろいろと確信を得たりもしたが、もうどうしようもない。

 玉座上に戻ろうにも、黒い杭激突まで、瞬きひとつの猶予もない。

 なにか考える時間、


 どす。


 と黒い杭が刺さると同時に、ちゅるん、と吸い込まれた。

 残り4本もちゅるるんと、吸い込まれるようにして背に消えた。


 そこで瞬きひとつ。


 玉座上に戻った視界で慌てて先ほどまでいた段差の影を見ようとした時、それを遮るように巻角男が声を張り上げた。



「お望みとあらばお答えしましょうぞ、我が主よ! 我が目的。我が宿願。いいえ我等が宿願とは自明のそれ! すなわち! 人類の撃滅! 増長した家畜どもの間引き也!」



 キマった眼をした奴がキマった顔してキマったことを叫んだ。


 それに一瞬だけ驚きそうになったが……まあお前、見た目からしてそんな感じだよな。



「……具体的には?」


「各国首脳陣、王侯貴族、教会関係者は根切りに。他は現状の半数にします」


「それが、できると?」


「貴方様のご助力あらば」



 再度確認。こいつはだ。


 そんな本気の奴イカれたクソの目的は人類の数を半分にすることらしい。

 なんでもおれを使えばできるんだとか。


 そこでおれはふと、某カルト系テロリスト集団を思い出した。

 できるできないはさて置いて、とにかく奴等は存在する。

 魔法があろうがなかろうが、角が生えていようがいまいが、そこらへんの事実は変わるまい。


 おれは三度、どしゃりと滑り落――今度は普通に両足で立ち上がった。三度目となればコツのひとつも掴める。

 そして玉座の頂上から、ゆっくり段差を降りていく。


 ここまでの会話と、物影に潜む武装した手勢。固定されて動けない身体。

 おそらく……というか確実に、巻角野郎のいう『間引き』への協力を拒否すれば、おれは殺される。

 かといって、そんなわけのわからない虐殺になんて、絶対に参加するつもりはない。なんで何の怨みもない奴を殺さなきゃならんのか。そんなのに喜んで参加とかどこのシリアルキラーだよ。お前バカだろバーカバーカ。


 ……などという本音を飲み込んで、静かに覚悟を決める。


 件の某カルト系テロリストが末端構成員を増やす際に用いた手口は有名だ。それはある種のテンプレで、遥か昔から延々とやくざ者が使い潰してきたおなじみともいえる手管だ。

 最初は見張りや送迎等の軽い仕事からはじまり、一度共犯となったからには、裏切り者として始末されるかそのまま突っ走るしかなくなる。


 つまり最初の段階で『否』以外の返答をすると、もうどうしようもないのだ。かといって実際に『否』などといえば、その場でされる公算が大だったりもする。

 暴力を背景にした交渉という名の脅迫は、無慈悲なまでに強力だ。基本、その場にいた時点でアウト。で、おれは気付けばその場にいました。拘束マシマシで。クソすぎる。まじで打つ手がない。なさすぎる。



 だから。



 だからせめておれは信じることにした。



 巻角野郎の本気を。


 本気の奴の見立てを。


 小さいながら、いくつか根拠もある。

 今こうして巻角野郎に気付かれず『影になって』行動できていること。

 さっきの赤ドレスさんの魔法っぽい何かが吸い込まれて消えたこと。

 死角に潜むやつらをするりと自然に確認できたこと。


 だからおれは信じることにした。


 本気の巻角野郎が、何の力もない奴を、わざわざ拉致ってはこないだろうと。


 それによくよく考えると、失敗した時と何もしなかった時の結果は同じだったりもする。

 うん、じゃあやろう。どうせなら、やろう。

 おれが意外にもであると信じて。


 歩き、考え、固める。


 なんで何の怨みもない奴を殺さなきゃならんのか。

 どうせやるなら、どう考えても。

 いきなり拉致した挙句、当然のように犯罪行為を強要してくる、お前の方だろうが。

 そんな当然の結論にすら至れないと、心底から馬鹿にしている、お前の方だろうが。


 くべる。薪をくべる。

 びびったら負け、などという勇ましいものではなく、怯えても同じ、という選択肢のなさから、とにかくがんがんくべて燃やす。冷たければ手足は動かない。だから燃やす。燃えろ。いくぞ。いける。


 よし。


 その巻角、へし折ってやらあ。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。


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