第18話

 千里鏡が映したものを見た椿は言葉を失った。夢に見た青年は封印された朧。彼は椿に玲を助けるよう懇願していた。

 もしかすると、朧を封印した事に罪悪感を覚えている玲を守って欲しいのかもしれない。

 椿はぎゅっと腕にいる黄金を抱き締めた。


「俺は人間が嫌いになった。兄貴を傷付けて、あんな風にしたのは人間だからな。だから俺が長になってから、初めてやってくる花嫁を好きになれるわけがないと思ってた」

 玲はぽつりと語りだす。初めて出会った時の冷たい態度。それは過去の傷からだったのだ。


「どうせお前も、兄貴を傷付けた人間と同じだと思ってた」

 でも、と玲は続けた。

「誤解してたんだ。文福達と楽しそうに過ごしている所、俺を看病してくれる姿を見ていると、こいつは他とは違うかもしれないってな」

 玲は真っ直ぐ椿を見つめる。


「だから、俺はお前と婚礼の儀式を挙げようと思う」

「それってつまり……」

 息を飲んだ椿に、照れくさそうに玲は微笑む。その笑顔が少年のようで、とても愛らしいと椿は思った。

「あぁ、夫婦になろう」

「はい、玲さん」


 腕に抱かれる黄金も喜んでいるようで、きゅいと甲高い声を挙げた。

「婚礼は霊山・鳳仙で仙狐を祀る祠で行われる。だが、今は兄貴が封印されているから近付けない。そこをどうするかが問題だ」

 霊山・鳳仙。誰かがそこに向かうと言っていなかったか。

 椿は思い出す。


「そういえば、棕梠さんがあの山に修行へ向かうと言ってました」

「本当か? まずいな、あそこには誰も近付かないようにしてあるのに……。封印が解かれたら大変な事になるぞ」

 眉をひそめる玲。あの時は霊力を溜めてすぐだった為に、体の順応が完璧でない状態だったから左目だけで済んだ。だが、今度は?


「きゅ~……」

 黄金が震えて椿に抱きつく。

「どうしたの、怖いの?」

 大丈夫だよと体を撫でてやるが震えが止まらない。

「違う、黄金が震えているんじゃない」

 玲は険しい表情で言う。屋敷全体が地鳴りを轟かせ揺れている。夜空は紺色から紫色へと塗り直されていた。


「言ってるそばから封印が解かれたぞ」

 玲は足早に屋敷を出た。椿も後に続いて翠玉邸を出る。

 空の色を変えた紫色は、鳳仙の方にいくにつれ濃くなっていた。


「玲様! 封印が解かれました!」

 寝間着姿の文福が慌ててやって来る。あたふたする文福に、冷静さを失わない玲は静かに頷く。

「もう一度封印しに行く」

「玲様……」

「もう片方の目を失うかもしれないし、命を落とすかもしれない。だが、このままだと確実に風龍国は滅びる。兄貴から引き継いだ長の座、俺が最後まで全うする」

 地鳴りはどんどんと大きくなっていく。所々で地割れが起きていて、玲の言うようにこのままでは滅びるのだろうと椿も思った。


「文福も参りますぞ! 玲様だけに行かせられませぬ」

 張り切る文福に玲は笑った。

「文福は残ってちんちくりんを守れ」

 その言葉に首を振ったのは椿だった。

「私も行きます」

「お前みたいな人間に何が出来るんだ。行かせたら絶対死ぬぞ」

 初めて見る必死な玲の姿。心から椿を心配してくれているのだと分かって嬉しくなる。


「私、貴方のお兄さんに頼まれましたから」

「何?」

「夢で朧さんと会っていたんです。玲さんを助けてやってくれって。朧さんのお願いをここで聞かなきゃどこで聞くんですか」

 椿は笑う。何を言われても玲についていくつもりだった。足手まといになるかもしれない。だが、自分に出来ることもあるはずだ。


「それと、婚礼は鳳仙でするんでしょう?」

 悪戯っぽく笑うと玲は苦笑した。

「文福さん、黄金をお願いします」

「ぎゅ! ぎゅ~!」

 文福に預けようとすると、黄金が激しく抵抗する。


「もしかして黄金も行くの?」

「良いだろ。黄金も来るんだったら2人とも俺が守る」

 玲はそう言って目を閉じて意識を集中させる。

 千里鏡で見たように美しい銀の狐に変化した。

「乗れ」

 大きな狐の背に椿は飛び乗った。黄金も背中にしがみつく。


「振り落とされるなよ」

 狐姿の玲はにやりと笑うと、地面を蹴って跳躍する。風を操りながら宙を駆ける姿は美しかった。月光に照らされた銀の毛並みは、星が煌めくようだ。


 玲は宙を駆け抜けて、鳳仙へと向かう。

 近付くにつれ、椿の肉眼でも9尾の狐が暴れているのが見えた。

「朧さん……」

 椿は自分の頬を叩いて気合いを入れる。


 金狐がやって来る玲に気付いて、咆哮をあげた。

 それに応えるように玲も咆哮する。


 2匹の戦いが再び始まろうとしていた。

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