第14話

 輝くような金の髪をした青年の隣に、艶やかな銀の髪をした少年が立っている。青みがかった灰色の両目を輝かせていた。

「兄貴、長になれたんだな。おめでとう」

 青年は少年の頭に掌を乗せた。

「ありがとう、玲」

 玲は頭に乗せられた手を払うと、集まる妖怪達を一瞥した。


「皆、松風の再来だとか喜んでる」

 玲の言葉に青年は困ったように笑う。

「僕は師ほどではないよ。でも、玲なら師を越えるかもね」

 彼は慈しむように玲を見つめる。彼のもとへ、ぽてぽてと狸が歩いてきた。


「やあ、文福。今日からよろしく」

「こちらこそ、朧様のようなご主人にお仕え出来て文福は幸せでございます」

 文福はそう言い、恭しく頭を下げた。

「この度は長の就任、おめでとうございます」

「ありがとう」

 優しげに微笑む朧。そんな彼を誇らしげに見つめる玲。誰もが幸せそうに笑っていた。



 千里鏡が次に映したのは、先程の光景から少し年月が経った後のことのようだった。

 玲はすっかり立派な若者に成長していた。

「またやってる。飽きないのか?」

 庭に種を植える朧の背中へそう問いかける。振り返る朧は、土まみれの手で頬を掻く。少しだけ泥がついてしまった。


「花嫁がここに来たとき、楽しんでもらえるように植えているんだ。花嫁はいきなり異界に来ることになるから」

 この花も実は人間世界に生えている花だと朧は嬉しそうに言う。異界の土でも育つよう植物学者と研究しながら育てているらしい。

 玲には人間のためにそこまでする朧が理解できないようで、楽しげに語る朧の話を聞き流しているようだった。


「これはスイセンという花らしくてね。とても可愛らしい花が咲くそうなんだ」

 この花が咲く頃に花嫁送りが行われる、と朧は幸せそうに語る。

「何で人間が来るのがそんなに楽しみなんだ?」

「僕は昔から、自分の手で家族を作りたかったんだ。僕と花嫁で家族を作るのが夢なんだ」

「だけど、花嫁送りでやって来る花嫁は兄貴が選ぶ訳じゃない。自分の好みじゃないかもしれないし、相手が兄貴を拒絶するかもしれないんだぜ?」

 玲は朧に問いかける。人間を信用出来るかと。

 彼は穏やかな微笑みを浮かべたまま、玲を見つめる。


「時間を掛けてゆっくり相手を知ろうとすれば、きっと分かち合えるよ」

 僕はそう信じてる、と朧は言う。まばゆい金の瞳は期待に満ち溢れていた。

「じゃあ、僕は花嫁の部屋を掃除してくるよ」

「そんなの文福に任せれば?」

 挑発的に言う玲を叱るように、朧は玲の頭に手を乗せ髪をくしゃりと乱した。

「僕がやらなきゃ意味が無いからね。それと文福にばかり仕事を押し付けるような奴は、立派な長にはなれないぞ」

「うるせえ」


 それから千里鏡が映す景色が変わった。朧と玲、文福と他の妖怪達は湖の畔に立っている。

 朧は幸せそうな笑みを浮かべていた。

「本当に花嫁が来るのか?」

「あぁ、向こうの世界から小舟に乗ってやって来る。ほら、見えてきた」

 彼が指差す方向に小舟があった。中には白無垢姿の女性が乗っている。


「あれが人間……」

 玲は初めて見る生き物を目の当たりにし、少し怖いのか朧の背中に隠れた。そんな弟の様子に苦笑しながらも、朧は花嫁を迎える。

 小舟が畔に到着すると、笑顔で手を差し出す。

「ようこそ、美しい花嫁。風龍国の長、朧です」


 小舟に乗っていた白無垢姿の女性は、朧達を見て顔をしかめた。そして、差し出す朧の手を叩いて自分で小舟から降りる。一連の動作に苛立った玲は、花嫁に文句を言おうと身を乗り出すが、朧に制止された。


「花嫁殿、自己紹介くらいしたいのですが」

 優しい声で朧は花嫁に語りかける。花嫁はそんな朧を、侮蔑の色を浮かべた瞳に映す。

「あたしはみつ」

「それだけかよ」

 玲が文句を言うと、みつと名乗った花嫁は睨み付けた。

 不穏な空気が流れたのを感じ取ったのか、努めて明るい口調で朧が話す。


「いきなり異界に来て戸惑っているでしょう。お疲れだと思いますので、ぜひ我が翠玉邸でお休みください。みつ殿の部屋も用意してありますので」

 優しく言う朧に、みつは不服そうながら頷いた。


 翠玉邸に帰り、みつにあたえられた部屋へと案内する。

「ここはみつ殿のお部屋です。好きに使ってください」

 みつは返事をせず、部屋から見える窓を眺めた。視線の先には、庭の一角に咲き誇るスイセンの花があった。

 みつの視線に気付いた朧は、嬉しそうだ。


「あれは僕が植えたんです。向こうの世界から種を仕入れて、世話をして、貴女が来る頃にちょうど咲きました。どうですか、お気に召して頂けましたでしょうか?」

「あたし、花なんて嫌いなの」

 みつの冷たい態度に朧の耳が下がる。


「……申し訳ない。とりあえず、今日はゆっくりお休みください。何かあれば、いつでも呼んで頂いて結構です」

 おやすみなさい、と朧は部屋から出ていこうとする。その時、彼の背中にみつの鋭い声が突き刺さった。


「あたし、あんたみたいな化け物とは結婚しないから」

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