第7話

 久しぶりに夢を見ていた。何もない真っ白な空間。そこには1人の美しい青年が立っている。

 光の加減によって様々な色味に変わる金の髪、輝くような金色の瞳。頭部には玲と同じように狐耳があり、9本の尻尾がゆらりと動いている。そして、額から目の付近に鮮やかな赤色で描かれたような紋様があった。

 胸が締め付けられそうなくらい、悲壮感漂う表情を浮かべている。


「……貴方は?」

 椿が問いかけても青年は答えない。ただ、悲しげな表情を浮かべるだけだ。

「どこから来たんですか?」

「……を…………くれ」

 小さな声が聞こえる。椿は耳を澄まして懸命に音を拾おうとした。


「玲を……助けてやってくれ」


 どういうこと、と聞く前にぱちりと目が覚めた。

 辺りはまだ暗い。深夜の時間帯だろう。

「変な時間に目が覚めちゃったな」

 不思議な夢だった。悪夢でもないが、気持ちが落ち着かない。そのせいか目は冴えてしまって、もう一度寝ようと布団に寝転ぶが、眠りに落ちなかった。


「きゅい」

「黄金、起きてたの? こっちにおいで」

 足下の布団に丸まっている黄金が鳴いた。とことことやって来ると、椿の首もとで丸くなる。

「私、不思議な夢を見てたんだよね。男の人が出てきて『玲を助けてやってくれ』って。何となく黄金に似てたなぁ……毛色かな?」

「きゅ?」

 黄金は短く鳴いて尻尾を一振りする。そんな黄金を撫でているうちに、椿はいつの間にか眠りに落ちていた。



 夜あまりよく眠れなかったせいか、起床したのは昼を過ぎた頃だった。

 台所へと行くと、既に文福が居て遅く起きてきた椿の為におにぎりを作ってくれていた。

「今日は良い天気なので縁側で食べませんか?」

 文福の誘いに椿は頷き、おにぎりとお茶を持って縁側へ座る。縁側からは整えられた庭を一望でき、今日のように晴れた日はとても気持ちが良かった。

 庭はいつも文福が手入れをしているらしい。


「今日は珍しいですね」

 自分で漬けた白菜を咀嚼しながら文福は言う。

「変な夢を見てしまったせいか寝付きが悪くて……」

「変な夢ですか」

「はい。金色の髪をした男の人が『玲を助けてやってくれ』ってお願いしに来る夢でした。悪夢ではないですが、何だか落ち着かなくて」


 ほぐした焼き鮭と胡麻を混ぜたおにぎりを頬張りながら椿は理由を告げる。文福は一瞬だけ動きを止めると、そうですかと歯切れ悪く言うだけで特に反応はしなかった。


「今日はよく眠れるように、夜に茴香の入ったお茶をお持ちしますね」

「お気遣いありがとうございます」

 椿の足下では、黄金が茹でられたささみを一心不乱に食べていた。

 皆でまったりとした時間を過ごしていた時、屋敷の入り口から溌剌とした声が響き渡る。


「たのもう! 玲殿はいらっしゃるか!」

 声の主を迎え入れるため、文福は立ち上がり入り口へと向かう。椿は黄金を抱き上げ、文福についていった。


「何の用でございますかな」

 やって来たのは凛とした雰囲気を持つ少年だった。茶色の猫科のような目を真っ直ぐ向けてくる。

 彼は背筋をぴんと伸ばし、敬礼をしながら名乗った。

「拙者は棕梠しゅろと申します! 長降ろしに参りました! 玲殿はいらっしゃいますか!」

「俺ならここだぜ」

 気配を感じなかった方向から声がしたので、椿は驚いた。いつの間にか背後に玲が立っている。


「お初にお目にかかります、玲殿」

「あぁ、長降ろしなら地下の道場でやる。文福、案内しろ。俺は先に行って待ってる」

 玲はそう言い、去って行く。文福は棕梠と名乗る少年に、中へ入るよう目で促す。棕梠は一礼し、屋敷へと足を踏み入れた。


 黄金を抱き上げ、彼らの背後を歩きながら椿は『長降ろし』という言葉について考えていた。名前の通りであれば、玲を長の地位から引きずりおろすためのものだろうが……。


 ふいに視界がひらける。初めて見た道場はとても広かった。何かの稽古に使っている部屋なのだろう。木刀等が置かれている。椿は邪魔にならないよう、端に立っていると隣に文福がやって来た。


「椿様は初めて長降ろしをご覧になられますね」

 椿は文福の言葉に頷いた。長降ろしについて文福に聞くと、棕梠と玲へ交互に視線をやりながら説明してくれる。


「風龍国の長は、自らに挑戦する為やって来た者達と試合をするのです。そして、負ければ長の座を降り、勝者が新たな長となる。これが長降ろしです」

 長を決めるのは実力なのだ。

「もし、この試合に玲さんが負けたら……」

「長を降りる事になります」


 思わず黄金を抱き上げる腕に力が入る。

 試合はどの程度激しいのか。怪我をするだろうか。


「只今より長降ろしを開始します!」

 文福の声が道場に響き渡ると、その場の空気が張り詰めた。玲と棕梠はお互いに向かって一礼する。


 ――玲に勝って欲しい。

 椿は早鐘を打つ心臓の音を聞きながら2人を見た。

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