第6話

「きゅい?」

 お手玉を投げて持ってくるという遊びを黄金としていた椿は、黄金が見上げた視線の先を目で追いかけた。


「言い訳はご無用でございます。そういうわけで、近いうちに婚礼の日程をお決めください」

 足早に去ろうとする機嫌が悪い玲に怖じ気づく事もなく、文福は付いていく。

「俺は結婚しない!」

 吠えるように言う玲。尻尾が苛立ちを表す。その直後に、玲は文福を振り切って屋敷から出て行ってしまった。


「やれやれ、困ったお方ですな……」

 肩を落とす文福へ黄金が歩み寄る。椿も黄金に倣って文福の隣に立つ。

「婚礼の日程って言ってましたけど、結婚式のことですか?」

 ずっと気にはなっていた花嫁送りの存在。文福は生贄ではなく、人間の花嫁を迎える儀式だと言った。長である玲の花嫁だという。玲は椿とは結婚しないと宣言しているが。

 文福は椿の言葉に頷いた。


「婚礼は、長と花嫁との婚姻の儀式でございます。人間と妖怪の寿命は大きく異なります。儀式を通して、人間に妖怪としての寿命を与えるのです」


 要は妖怪と同じ存在にするための儀式らしい。

 風龍国にある霊山・鳳仙にある祠の中で、仙狐に対して、夫婦となる事を宣言し、花嫁に妖怪と同じくらいの寿命を与えてもらう。長い時を生きられるようになった花嫁は、見た目も儀式を行った時のまま変わらない。

 早く婚礼を行い、椿様に寿命を与えねばならぬというのに……と文福は頭を抱えた。


「花嫁送りは本当はそんな内容だったんですね……私がいた所では、花嫁送りは妖怪への生贄でした」

 双子が産まれた時、妹を生贄にする。椿と桜が産まれた時、その運命は決まった。結果的に桜の裏切りによって椿が花嫁送りにされたのだが。


「本来は生贄を要求するものではないのです。妖怪は子を成せませぬ。しかし、長となった妖怪は本能で子を望みます」

「だけど、妖怪同士じゃ子どもを産めないから人間の花嫁に来てもらうってことですか?」

「仰る通りで。何の因果か、新たな長がその地位に就いたとき、人間世界では双子の女児が産まれるのです」

 椿は目を見開いた。では、自分達が産まれたのは玲が長になったからなのか。


「その片割れがこちら側にやって来るというもの」

「姉でも妹でも良いの?」

「ええ、長と花嫁には深い縁がありますので。法則性が無いものですので、年頃にならねば分かりませぬ。2人の間に縁があるから惹かれ合うのです」

「泡沫の言い伝えと違うんですね」

 文福が首をかしげたので椿は生まれ育った町の伝承を教えた。


「妹と最初から決まっておるのですか。それだと、縁がない花嫁がこちらに来てしまう事もある……」

 話が難しいのか、置いてきぼりにされた黄金は陽の当たる場所で丸くなり眠っている。

 文福は何か考え事をしているのか、椿の話を聞いた後、ぶつぶつと独り言を呟く。


「どうして生贄って考えられるようになったんでしょうね?」

 何気ない質問のつもりだったが、文福は酷く悲しげな表情をする。眉も尻尾も下がっていた。

「それには悲しいお話があるのです。儂の口からは到底言えませんが……」

 きっと玲様がいつかお話してくださるでしょう、と文福は椿の隣に座った。同じように椿も座って、隣にいる文福を撫でる。ふわふわの毛がとても温かい。


「椿様は」

 言葉を続けようと文福は椿を見上げる。

「不安ではないのですか? 突如、人間ではない生き物達がいる世界に放り込まれて、挙げ句の果てには結婚を求められる。そのくせ玲様からは拒まれる。色々と納得いきませんよね?」

 それに、と文福は続けた。

「向こうにもご家族はいらっしゃいますでしょう。離れて暮らして寂しいでしょうに、貴女は泣き言一つおっしゃらない」

 ぽん、と椿の小さな背中に肉球が押し当てられる。


「あっちの家族に感謝してない訳ではないですけど、寂しいという気持ちはありません」

「そうなのですか?」

「向こうの世界に生きてても、どんな事でも全て父親の言いなりになるしかないですし。父親の言うことは絶対、特に女である私には拒否権すらない」

 椿だけではない。妹もそうだ。だが、彼女は人から外れた道を選んででも、父に逆らおうとした。

「私を否定せず、ありのままを受け入れてくれる今の方が、余程人間らしく生きていられると思っているんです」

 椿は文福と見合った。にこりと微笑みを浮かべると、文福も笑う。黄金も起きてきて、椿の顔を舐める。


「私は今が楽しいです。玲さんや文福さん、そして黄金と一緒にいる事が、かけがえのない幸せです。だから、花嫁になる事が決まっていても嫌ではないです」

「……花嫁が貴女で本当に良かったです」

 文福はぽつりとそう言った。

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