第5話

 幼い妖狐と遊ぶ椿を見ながら、玲は不思議に思った。椿が妖狐の子どもを連れてきた当初は、面倒を見る事に反対だったのだ。どこからやって来たか、何者なのか分からない妖狐。得体の知れないものを身近に置くのは、玲としては落ち着かない。


 あの時、駄目だと答えようとした。しかし、愛おしそうに妖狐の子どもを撫でる椿を見ると、その顔を見ていたいと強く思ったのだ。

 そう思ってしまったから反対出来なかった。


 妖狐の子どもは、黄金と名付けられ大層可愛がられている。名の由来はその毛色。黄金色だからという安直な名付けだが、椿も黄金も気に入っているらしい。


 黄金に対しては、得体が分からないから落ち着かない。椿に対しては、玲とは違う人間という生き物だからなのか、興味が湧くのだ。

 何を考えて、何を思っているのか。

 椿の事が知りたいと感じる自分がいることにも驚く。それは単純な好奇心からなのか、或いは……。


「そんな訳あるかよ」

 玲は考えを振り払うかのように呟いた。

 きっと好奇心に違いない。自分に言い聞かせる。

 いつの間にか近くにやって来た椿と黄金が、首をかしげて玲を見ていた。

「何か用か」

 冷たく言っても椿は笑みを浮かべる。

 その笑顔に玲の心は締め付けられた。


「玲さんも一緒にどうですか? 黄金と持ってこいして遊んでるんです」

 椿はお手玉を見せた。椿がそれを投げて、黄金が持ってくる。それだけの単調な遊びをとても楽しそうにやっていた。

「俺は暇じゃない」

 そう言って椿を追い払う。残念そうな顔を見るのが何故だか辛く感じた。


 玲は苛立ってその場を去る。6本の尾はゆらゆらと玲の感情を隠さない。

 どうして椿が気になるのか。理由が分からないから苛立ちが増す。彼女の一体何が興味をそそるのか。


「くそっ! 分からねぇ!」

 ぐわっと吠える。尖った犬歯がぎらりと光った。

「玲様、どうなさいました?」

 声を張り上げた玲のもとに文福がやって来た。いつになく荒れている主人を見上げる。


「なぁ、文福。相手の事を知りたいとか、気になるってことあるか?」

 文福は丸い耳をぴくりと動かし、鼻をひくつかせた。

「おや、あの玲様とあろう方が他人に興味を持っているとは。明日はきっと槍が降ってきますねぇ」

「俺は真面目に考えてんだ!」

「朧様以外に心を開かなかった玲様がねぇ……」

「兄貴の話は良いだろ、質問に答えろくそじじぃ」

 悪態をつく玲を面白そうに見ながら文福は答える。


「相手に興味を持つ時点でそこに好意があるのだと、この文福は考えます」

「こ、好意だぁ?」

 声が裏返ってしまって、間抜けた返答になる。


「ええ、相手を好きじゃなければ興味すらありません。無関心なものです。それなのに、たくさんいる他人の中でその人が気になるという事は、玲様はその方が好きなのですよ」

 文福はぷくぷくとした短い前肢で口許を押さえる。そして、玲の耳元で囁いた。


「……椿様の事が気になるのですね?」


 驚きのあまり、跳び跳ねて文福から距離を取る。

 何もかも見透かしたような眼を見るのが怖い。

「そんなんじゃない。第一、俺は人間が嫌いだ」

「何年もお世話をさせていただいている儂の名前を忘れるくらい、他人に興味がない玲様が椿様の事を目で追うほど気にしてるくせに! ちなみに、名前を忘れられた時は悲しかったんですからね!」

「俺、あいつの事を目で追ってるのか?」

 まさか、と玲は鼻で笑う。どうせ人間のやってることが可笑しくて、ついつい見てしまうだけだ。


「気付いておられないんですか? いつも何だかんだ言って、椿様のお側にいらっしゃるくせに」

「それは変なことをしないか見張っているだけで」

「言い訳はご無用でございます。そういうわけで、近いうちに婚礼の日程をお決めください」

 婚礼。その言葉に玲はまた苛立つ。


「俺は結婚しない!」

 玲は駆け出すと屋敷を飛び出した。

「あんなちんちくりんの事が好きな訳があるか!」

 出会って間もないのに。何も知らないのに。

 どれだけ吠えても頭の中から椿の事が離れなかった。

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