第4話

「おはようございます、椿様」

 まだ眠そうな顔をして文福がやって来た。今は昼前である。

「おはようございます」

 朝が弱くて、と謝る文福は寝間着のままだ。

「今日は何をされるご予定で?」

「この世界の事を勉強したいと思ってて……」

 それならこの文福がお教え致しましょう、と張りきる狸。


「蔵書室に多くの貴重な資料がございます。それをご覧頂きながら、ご説明致します」

 そう言って文福は蔵書室へと連れて行ってくれた。


 蔵書室には代々風龍国の長が収集した貴重な書物が保管されているらしい。今の長である玲は、こういった類いには一切興味を示さないらしく、興味を持った椿に文福はとても嬉しそうに説明をしてくれた。

「この世界は、仙狐様という神がお作りになられたのです。仙狐様は4つの国を作られました」

 1つは椿のいる風龍国。他には真朱国しんしゅこく白秋国はくしゅうこく黒水国こくすいこくが存在する。それぞれの国には統率者がおり、彼等を「長」と呼ぶ。長を決めるのは国によって異なるらしい。


「どの国も花嫁送りを行っているんですか?」

「花嫁送りの形式を取っているのは、風龍国だけでございます。他国は他国なりのやり方で人間を迎えているのだと思われます」

 詳しい事はあまり分かりませんが、と文福は濁す。そして、中には人間に対して好意を持たない妖怪が多い国もあるという。

「白秋国が特に人間嫌いでございますね。こだわりが強い気質の妖怪が多く、柔軟性に欠けるのです」

「国によって色々あるんですね」

「特徴がそれぞれ大きく異なりますね。特徴と言えば、我が風龍国にはたくさんの風車があるのですよ」

 翠玉邸からは見えないが、街や郊外に風車がたくさんあるらしい。

 地形のせいか、風龍国にはよく風が吹くのだそうだ。それ故、龍が風に乗って通っている国と考えられるようになり、そこから風龍国と名がついたという。


 それから文福は興味深い神話や、歴史、代々仕えてきた長の話等してくれた。

 椿はどの話もとても面白いと感じ、熱心に聞いていた。そんな時、ふと助けを呼ぶような声が聞こえてくる。


「文福さん、何か聞こえませんか?」

「言われてみれば……」

 声は庭の方から聞こえてきた。椿は蔵書室を急いで出ると、庭へと向かう。まだ間取りが分かっていないので文福に先導してもらう。


「きゅい! きゅい!」

 庭に出ると池に子狐が溺れていた。きっと鯉を獲ろうとして足を滑らしたのだろう。

 椿は躊躇いもなく池の中に足を踏み入れる。鯉が驚いて逃げていく。四肢を懸命に動かす子狐を抱き上げて池から出た。


「怖かったよね……」

 ずぶ濡れになった子狐の毛皮を、文福が持ってきてくれた手拭いで拭く。だんだんと乾いてきた毛は本来の黄金色を取り戻す。

「妖狐の子どもでございますね」

「この子も妖怪なんですね」

 椿の言葉に文福は頷く。


「人語を話せないので生まれて間もないのでしょう」

「親は居ないのでしょうか?」

「こんな場所に迷い込んだとなると、その可能性が高いですね」

 ふわふわの毛になった子狐を抱き抱える。

「文福さん、うちで面倒見てあげる事は出来ませんか?」

 驚く文福の尻尾がぶわりと膨らんだ。

「玲様がどう仰るか……」

「私が頼んでみます」



 玲は自室にいた。窓から外を眺め、物思いに耽っているようだった。慌ただしく扉を叩き、椿は中に入る。

 玲は少し驚いて、固い表情の椿と、腕に抱かれた黄金色の幼い妖狐を見やった。

「玲さん、この子庭の池で溺れていたんです。きっと親が居なくて、さ迷っているうちにここへ迷い込んでしまったと思うんです」

 玲は無表情で椿を見つめる。

「うちで面倒見ても良いですか?」

「きゅい!」

 子狐も玲に懇願するように鳴いた。その声があまりに可愛らしく、愛おしくなって、椿は子狐を撫でる。そんな様子を黙って見ていた玲は、溜め息をつくと好きにしろ、と一言呟いた。


「ありがとうございます、玲さん!」

 嬉しさのあまり、椿は思わず玲の手を握る。

「お、おう……」

 みるみるうちに玲の顔が赤く熟れていく。床に垂れていた尻尾は、わさわさと動いていた。


「玲様は意外と初心なんですなぁ」

「うるせぇ、くそじじぃ!」

 狸の呟きに、顔を真っ赤にして吠える玲だった。

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