オクナ
夏も終わり肌寒くなってきた頃、一人の少年が下校時に通る小道に位置する、もう誰も人の住んでない廃墟を見上げていた。
いつもは眼につかないただの背景の一つであるのに、その日だけはやけにその存在が気になった少年は、柵を上って不法にその屋敷へと侵入する。
蔦が生い茂り壁面は見えないが、近づいてみるともうかなり劣化していて、ひびが入っている箇所もある。。
入り口の引き戸は簡単に開いた。
中はかび臭く、埃が浮いていて視界が白く霞む。軋む廊下をまっすぐ進むと、螺旋を描く階段へと行き当たった。
少年は、何かに誘われるかのように階段を上がる。そしてすぐそばの少し開いたドアから覗き見えたのは、白い髪の少女と、白骨体だった。
少年は驚きのあまり階段から転げ落ちる。悲鳴は出なかった。
幸い尻から落ちることに成功した少年はどこも痛めなかったが、現状を飲み込むのには相応の時間を有した。
やがて落ち着いた少年は、白骨体へと足を進める。そして窓の傍で死体のように寝そべる少女に、一輪の花が咲いていることに気がついた。
手のひらに咲く
少年の目には、その少女は死んでいるように見えていた。人間の体にも植物って生えるんだなと納得した少年が、夢鼠木の咲く少女の手のひらを撫でる。
温かい。
少女は死んでなどいなかった。その事実は、少年の背筋を凍らす。
じゃあ、この植物は……。
少年は夢鼠木を眺めながら、固唾を呑む。そして、喰らった。
「あ、あー♪」
喉に異変を感じた少年はそこを抑え、声帯を震わせる。
「声が、声が出る♪」
少年は、幼少期に患った感染症の後遺症でほどんど声が発せなくなっていた。そんな彼が音を手にして最初に感じたのは、悦び。
ずっと疎外感で押しつぶされそうな毎日を過ごしてきた。どうして声が出ないんだと、無理をして症状を悪化させたこともある。
少年は一通り喜びに浸ったあと、床に転がる少女を見遣る。
彼女に咲く花を食べたから、声が手に入った。少女と白骨体の関連も、どうして花が咲くのかも分からないが、こんなところに放置しておくわけにはいかない。
いくら特殊とはいえ、少女は生きている。
少女は人と思えないほど軽く、横抱きにして屋敷を出た。
玄関を出て、今度は正面からこの屋敷を抜けようとし少年。だが、それは一人の男によって遮られる。
「初めまして、オクナさん。その少女、あなたにぜひ預けたい」
少年の名前はオクナではなかったし、いきなり少女を預けろなんて言われても意味が分からなかったが、有無を言わせない紺のスーツを着た男に気圧され口を噤む。
「見たでしょう? 体に花を咲かせる様を」
男の言葉に、腕に眠る少女を一瞥する。
「そしてあなたはそれを喰らい、何らかの望みを叶えた」
続く男の言葉に、オクナは目を見開く。
まるで先の出来事をその目で見たかのような口ぶり。なんだか居心地が悪い。
だが男の言葉は正しい。オクナは黄色い夢鼠木を喰らい、声を手にした。
「本来なら肉親である私が預かるべきなのでしょうが、生憎手が塞がってましてね。生活は保障します。どうです? あなたが彼女を預かってみるというのは」
オクナは男と少女の顔を交互に見比べてから、決心したように頷いた。
夢鼠木の花言葉
――心躍る、陽気
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