フェリシア
いくら願ったところで、フロースの花は咲き続ける。
足の甲に咲いた瑠璃雛菊を撫でながら、フロースは考える。いつまでこうやって過ごすつもりなのかと。
ドアがシュンと音をたてて、また新しい花求者の訪れを知らせる。
「こんにちは、フェリシア。私はフロース」
「こんにちは、フロース」
フェリシアはたれ目が特徴的な穏やかそうな男の子だった。この研究所は結局、フロースの謎の一割も解明できぬまま、ただひたすら実験サンプルを増やし続けている。
「フロースは毎日この部屋で過ごしてるの?」
植物で壁が埋まる部屋を一瞥してからフェリシアが問う。
「うん。もう少し前はオクナと一緒に花屋に過ごしてたのだけど」
話ながら、自分のことを話すのは初めてだと気がつく。いつも人から聞いてばかりだったから、なんだか新鮮で、少し楽しかった。
「そうなんだ。……フロースはさ、何か見たいものとか、食べたいものとか、やりたいことってあるのかな?」
「私のしたいこと?」
考えたこともない質問に、フロースは目を丸くする。
「私は、私はあなたの話が聞きたい。あなたが何を感じて何を思ったか、私に教えて?」
これが、いまのフロースが持つ精いっぱいの願いだった。我が儘にすらなれないその望みがフロースの限度だとフェリシアは悟ったのだろう。
「もちろんいいよ」
フェリシアはたくさんの話を聞かせた。友達と川遊びに行ったときに拾った石が綺麗だったとか、寮母さんのお手伝いをしたらみんなには内緒でクッキーをもらったとか、十年間一緒に過ごした友達の里親が決まって嬉しかったとか。
とにかくフェリシアは楽しかった思い出を話した。
それを聞きながら、フロースは胸に羨望を抱く。
いいなあ。私もいつか、そんな日々を過ごせるようになるのかな。
どうやらそれは口に出ていたようで、フェリシアがただでさえ垂れている目尻をさらに下げる。
「そしたら、僕がそれを願うよ。僕はいま幸せで、恵まれてて、他に望みなんてないけれど、君が幸せになってくれるなら、それはとても嬉しいことだ」
フェリシアは決して「できるよ」とは言わなかった。それが現状困難なことも、フロースへの気休めが意味をなさないことも、この子はこの短時間で理解した。
「だから、君に咲くこの瑠璃雛菊、僕が食べてもいかな?」
「うん、……うんっ」
フロースは嬉しかった。決してそれが叶わぬ願いだとしても、誰かが自分のことを考えて花を喰らったことが、泣いてしまうほど嬉しかった。
黄色の小花を囲むスカイブルーの花弁。それらを丁寧に、丁寧にフェリシアは喰らった。
瑠璃雛菊の花言葉
――幸福、恵まれている
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