アベリア

 オクナが死んだ。享年102歳の大往生だった。

 沢山の白菊に囲まれたオクナの写真は相変わらず無愛想で、葬式もダフニーとフロースの二人だけという簡素なものだったが、オクナは生前、それで十分だと語っていた。

 骨壺を抱え陽を浴びるフロースの腕には、花弁の長い白い花が二つ並んで咲いている。

 誰とも会う気になれなかったフロースだが、花を咲かせてしまった以上きっと誰かがこの花を求めてやってくるのだ。

 案の定扉が音をたてて開き、何人かの白衣と一人の女がやってきた。その女を見たフロースは、どこか違和感を抱えながらも声を掛ける。

「こんにちは、アベリア?」

 アベリアは長く艶やかな髪にシュッとした面持ちの女性だった。真っ赤なタイトドレスに身を包み、行動一つとっても己に絶対的な自信を持っていると分かる。

「はじめまして、フロース」

「あなたの話を聞かせてほしいな」

 聞きながら、でもこの人は花求者ではないという警鐘が頭のなかで鳴り響く。

「私の話か……ふむ。願いを叶えてもらえると聞いてきたのだが」

「わたしは、ここから出られないから。だから、みんなの話が聞きたかった。だめかな?」

 この人はちがうと、一言そういえば終わる話なのに、フロースはアベリアとの別れを惜しんで、いつもの様に会話を続ける。

「もちろん構わない。だが、そうだな。分かりやすくいこう」

 アベリアはそういうと床に寝転がった。ピクリともしない彼女がお棺に収められたオクナと重なる。

「おはようロミオ、ロミオでしょう。いま唇が暖かった。あれ、ここはどこ? 私、夢を見ていたのかしら」

 アベリアはロミオジュリエットの一節を演じているらしい。

 起き上がり、あたりを見渡す。

「暗くてよく分からない……。そうだわ、神父さんの薬を飲んで、埋葬されて。もう二度と起きられないかと思って怖かった。でも、私はちゃんと目を覚ました!」

 徐々に状況を思い出すジュリエットの表情は明るくなる。

「あとはロレンス神父を待って、二人でエスカラス大公のもとに行ってすべてを認めてもらうの。待ってなんかいられないわ。神父を探しに行きましょう。それにしても真っ暗だわ」

 何もないところでアベリアは何かに躓いた。本当にそこに何かが転がっているかのように。

「何、今のは。いやだ誰かが倒れている。まさか、神父様?」

 アベリアがしゃがみ込み躓いてた人物の顔を確認すると、その顔はどんどん青く染まっていった。

「どうして、ねえ、ロミオ。起きて。血が、どうしてこんなことに。ねえ、ロミオ、ロミオ」

 言いながらその人物を揺さぶっていたアベリアだったが、少しの余韻を残して立ち上がる。

「と、こんな感じでお仕事をさせてもらっているよ。……どうやらお気に召してくれたみたいだね」

 ボロボロと涙を流すフロースに、アベリアが眉を下げる。

 今の独劇で、フロースは自身でも持て余していた感情を、質量を持ったものとして実感できた。喜びも、悲しみも、恐怖も、怒りも、その時は曖昧だったそれが、いま輪郭を結ぶ。

 アベリアは花求者ではなかったし、この衝羽根空木は誰にも必要とされなかったけれど、フロースとアベリアの邂逅は、フロースにとってとても意義のあるものとなった。

 そういう意味では、この花はフロースのために咲いたのかもしれない。


衝羽根空木の花言葉

――強運、謙虚

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