サイマス
歪みひとつない正円の部屋には、多種多様な植物が一見乱雑に見えるも、整って配置されている。
外部との接触は到底届かない天井窓だけ。
そんな穏やかな牢獄で、フロースは日々を過ごしている。
柔らかなワンピースに身を包み、日の当たる床に座るフロース。この研究所に連れられる前から変わらない習性だ。
甲には花穂を実らせた伊吹麝香草が慎ましく咲いていて、それは新たな願い人を呼び寄せた。
部屋の一部がシュンと音をたてて開き、何名かの白衣の大人と、ひとりの修道女がフロースの部屋にやってきた。
「こんにちはサイマス」
この研究所に来てからというもの、花を喰らう人は研究所が任意で決めていた。一件故意に見えても、それは前から決まっていた必然であるとオクナは語る。
「こんにちは、フロース」
フロースが叶える願にもある一定の傾向が確認された。それは、花求者の願いと咲いている花の花言葉に多少なりとも関連があるということだ。
花言葉は後から人間が意味付けたものであり、フロースはそれについて何一つ知らなかったが、花言葉が関連しているのは疑いようのない事実だった。
それならば、その花言葉全てをもうクリアしている人物に喰らわせたらどうなるだろうというのが、今回サイマスが連れてこられた理由だ。
敬虔なキリスト教信者であるサイマスは、勇気も潔癖も神聖も持ち合わせていると判断された。
「あなたの願いはなに?」
フロースのいつもの問いにサイマスが答える。
「全人類の平和と幸福を、毎日神に祈っております」
「えっと、サイマスの願いを教えてほしいな」
だが、フロースの前で建前というのは通用しない。すべてを引きはがし無防備な心を暴くのがフロースの能力であり、フロースの願いでもあった。
「私は……」
途端に顔面蒼白となったサイマスはもう抗う術など持ち合わせていない。あとはただひたすら自身の気持ちを吐露するだけだ。
「あの日は部活が長引いて、でも見たい番組があったから近道をしたの。街灯のないくらい道で、私はそこで何人かの男に囲まれて強姦された」
誰にも打ち明けていなかった秘密が、初めて外気に触れた。
「怖くって気持ち悪くって悲しくって。でも、一番強かったのは汚れたという自覚。何度洗っても自分の体が汚く見えて、それで教会に通った。神様に、私の体を元に戻してって何度も願った」
悲痛な過去を引きずりながらサイマスは聖母として過ごしていた。神は、助けちゃくれなかった。
「あなたが、私の願いを叶えてくれるの?」
サイマスが縋るようにフロースに聞く。神にできなかったことを、小さな少女に託そうとしている。
「叶えてあげる。でも……」
サイマスはフロースの言葉を最後までは聞かず、なんの躊躇いもなく伊吹麝香草に喰らいついた。
伊吹麝香草の花言葉
――潔癖症、神聖
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