サビア
とうとうオクナは還暦を迎えた。
そろそろ潮時かと、フロースの頭を撫でながら唯一の頼りである男に連絡しようとしたその時、フロースが花求者に反応を示した。
「サビアが来た」
それと共にドアをノックする音が聞こえる。
「どちら様ですか♪」
声がしわがれても相変わらず語尾の弾む自分の声にイラつきながら、オクナはドアの奥にいるであろう者に問う。
「フロースの花を求める者だよ」
何年もの間ずっと人の願いを叶え続けてきたフロースは、一種の都市伝説と化しているため、その存在を知っているものはそう珍しくはない。
だが、本当に求める者にしかフロースにたどり着くことはできない。
「入れ」
入室の許可をすると扉がゆっくりと開き、一人のスーツを着た若い男が背後に屈強な黒スーツを引き連れてやってきた。
「どういうつもりだ♪」
「本当に楽しげに話すんですね」
「何しに来たって聞いてんだ♪」
顔をしかめ凄むオクナは、でもその口調のせいで緊迫感はなく、男の方も何が愉快なのかずっと笑みを湛えてる。
「フロースさんの保護及び研究の取引に参りました」
取引などと言ってはいるが、実質オクナにもフロースにも拒否権がないことは明白だ。
「こんにちはサビア。あなたの願いを聞かせてほしいな」
「やめろ♪ フロース♪」
オクナが後ろにかばっていたフロースは、極めていつもの様にサビアに問いかける。
「あなたの保護及び研究の許可が欲しいですね」
冷静に自分の望みを述べたサビアだったが、フロースは首を横に振りもう一度問う。
「あなたの本当の願いを聞かせて」
「は?」
サビアの表情が崩れる。
「私はあなたの心を知りたい。ねえ、教えて」
サビアにはきっといま、フロースが悪魔に見えている事だろう。ずっとその仮面の下に隠していたこころの柔らかい部分をフロースは乱暴に引っ張り出しているのだから。
「私は、私の願いは、お爺様から解放されることです」
訓練された黒服も、雇用主の突然の告白に動揺が走る。
「何に手を出しても金のなる木を生み出すお爺様を尊敬していました。いつか、私もお爺様のようにと、そう夢見ていました」
尊敬しているという言葉とは裏腹にサビアの声は震えている。
「お爺様が亡くなったと聞いた時は悲しかったけれど、はやく一人前になって会社を支えねばという責任感も強く感じた。それなのに……お爺様は死んではいなかった」
苦痛に歪みサビアの顔からは、積年の恨みのようなものを感じられた。
「葬式の後、私の前に現れたお爺様はあれこれ指示を出してきました。私はそれに従うだけでたくさんの利益を獲得し、ついにはこの若さでCEOを任されるまでになりました。でも、それは私の功績ではない。もう、偽りの実績も地位も、いらない」
「そんなこと思ってたんですね」
サビアが心の内を曝け終えると同時に、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「そんな、どうしてお爺様がここに」
黒服の一人の顔が剥がれ、現れたのはダフニーだった。
「ダフニー♪」
「お久しぶりですね、オクナさんにフロースさん。ああ、フロースさんは初めましてかな」
ダフニーがフロースの沈丁花を喰らった当時、フロースはピクリとも動かなかったけれど、意識がなかったわけではない。
「ううん。覚えてるよ、ダフニー」
記憶と変わらないダフニーの姿。
ザビアは顔を真っ青にして、「どうして」と何度も呟く。
「私から解放されたかったら、フロースの花を喰えばいい。そうすれば叶うだろう」
「そう、叶えてあげる」
フロースが青葛の咲いた腕をサビアの前に差し出す。黄色い小さな花が集まって慎ましく咲くそれをしばらく見詰めていたサビアだったが、最後には腕を花を取り喰らった。
青葛の花言葉
――芯の強さ、努力
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます