マーキア

 一人の少年が、改札すぐ外の時計台で彼女を待っていた。

 だが時間になっても彼女は現れず、心配になって連絡すると三十分ほど遅れるとのことだ。

 暇になった三十分をどう潰そうかと考えていると、すぐそこの花屋が目に入る。真っ黄色なミモザや鉢に咲くマーガレット、色とりどりのライラックが店頭に飾られている。

 少年はそこでようやく、今日がちょうど付き合って一年の記念日だということを思い出した。この日をデートに選んだのは彼女だから、もしかしたら何か期待しているのかもしれない。

 何か買わねばと焦った少年は、花屋に足を運んだ。

 だが、彼女が好きな花はおろか、好きな色だって知りはしない。そもそも花って喜ばれるものだろうか。

 時間がないと焦る思考をリセットしたのは、いやに陽気な店員の声だった。

「きみ、もしかして悩んでる♪」。

「実は彼女との記念日が今日でして、三千円ぐらいで簡単な花束作ってもらえませんか?」

「そうじゃなくて♪ 理想と現実が乖離している感覚はないのかって聞いてるんだ♪」

 その言葉に少年は少なからず心当たりがあったから、非常識な店員に文句も言えず黙ってしまう。

 それを見た店員はついてきて♪ と言って店の奥の応接室に少年を通した。

「はじめまして、マーキア。私はフロース」

 現れた全身真っ白の少女に促されるまま向かいのソファにマーキアが座る。

 応接室と言っても、パーテーションに囲まれたソファが向かい合わせに一対あるだけで、間にはテーブルも何もない。

「あなたの願いを聞かせてほしいな」

 その要望に、マーキアは店頭で言われたオクナの言葉を思い出した。理想と現実が乖離している感覚がないか。

「俺は、人を好きになるとか、人を愛するとか、そういうのがよくわかんなくて、でも最初はそれでよかったんだ。みんなで鬼ごっことかドッジボールとかで遊んで、ただただ楽しかった」

 マーキアはまるで迷子になったかのように縋る宛を探しながら語る。

「誰が好きとか、彼女が出来たみたいな雑談も普通にできたのに、いきなり告白してきた女子がそれを全部壊した。校舎裏に呼び出されて、俺は断るつもりだったのに周りがはやしたてて、学年一の美女を振るわけないって思いこんで、結局断れなかった」

 オクナは最近、ようやく理解した。フロースの前で本心を偽るなどできないことを。

「付き合っていくうちに罪悪感でいっぱいになった。思ってもいない愛の言葉を吐いて、彼女の望む彼氏を演じて、でも全部それは嘘で」

 要領の得ないこれらの言葉こそ、マーキアの本心だった。

「俺も、人を好きになりたい。その感覚を知りたい。だって、彼女はあんなに楽しそうで、なんか狡い」

 幼稚な嫉妬と羨望を、狡いと表現するマーキア。

「叶えてあげるよ、その願い」

 フロースが後ろを向き、背のファスナーを下げる。突然のストリップに驚いたマーキアは、その中に秘められていた犬槐に、さらに驚愕する。

 重力にしたがって首を垂れる枝から頭をもたげる白い花は、フロースの肌の白さをより際立たせていた。

 それに魅入られたマーキアは一口、また一口と獣のように犬槐を喰らう。


犬槐の花言葉

――慕情

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