第67話 お仕置きの時間

「こっ、琴音さん!? いつの間に入ってきたんですか!?」


「斗真の部屋が騒がしいから、合い鍵を使って様子を見に来たのよ。この騒がしさはただ事じゃないと思ってたら、案の定彩音がいたわ」



 相変わらず姉さんはタイミングがいい。彩音さんが悪さをしている所に、ピンポイントで現れる。僕達の救世主だ。



「(これでは彩音さんもこれ以上の悪さは出来ないだろう)」



 部屋に勝手に入って来られたのは不満だが、今だけは姉さんに感謝したい。

 この様子を見ると姉さんが彩音さんをどこかへ連れて行ってくれるはずだ。



「あんたは一体菜々香ちゃんに何をさせてたの?」


「ちょっとした体験ASMRを神倉さんにしてもらってました」


「ほぅ。これから事務所に入る後輩に対して、早速セクハラを働いてたのね」



 こめかみがひくひく動いている所から見ても、姉さんが滅茶苦茶怒っているのがわかる。

 こうなった姉さんは誰にも止められない。僕が出来ることといえば、彼女の怒りが収まるのを静かに待つことだけだ。



「彩音、ちょっとこっちに来なさい」


「琴音さん!? ぼっ、僕をどこに連れて行く気なんですか!?」


「もちろん私の部屋に決まってるでしょ。あんたの好きなASMRを直々にしてあげる」


「琴音さんのASMR‥‥‥ジュルッ! それはそれでちょっとそそられます!」


「ASMRといっても説教ASMRだけどね」


「それは嫌だ!! 僕はエッチなASMRしか聞かないんだ!?」


「それならちょうどいいじゃない。新たな性癖に目覚めるかもしれないわよ」



 こういう時の姉さんは容赦ない。僕が彩音さんを擁護しても聞く耳を持たないだろう。

 ただ今回の件に関して言えば、僕は彩音さんを擁護する気はない。

 今日の午後は撮影が入ってるので、出来ればそれまでに2人が戻ってきてくれることを祈るだけだ。



「覚悟が決まってるようなら行くわよ、彩音」


「やだやだやだ!! 斗真君、僕の事を助けてよ!!」


「彩音さんの自業自得なんで反省してください」


「そんなぁ‥‥‥‥‥」


「言い訳は後で聞くわ。菜々香ちゃんごめんね。彩音が迷惑をかけて」


「いえ、大丈夫です」


「こんな子だけどこれからも仲良くしてね。さぁ、彩音。行くわよ!! きびきび歩きなさい!!」



 それから彩音さんは姉さんに連れていかれる。

 叱られた子供のように半べそをかく彩音さんの事を僕達は黙って見送った。



「今のは何だったんだろう?」


「見なかったことにしよう。それが1番いいよ」



 彩音さんの突拍子もない行動は僕も知っているけど、今回はその片鱗を垣間見た気がする。

 これは姉さんが苦労するはずだ。以前僕に話してくれた3Dスタジオで花火をしていたという話も姉さんの誇張した話ではない気がした。



「そういえば斗真君」


「何?」


「あたしのASMRはどうだった?」


「えっ!? 彩音さんがいなくなったからって、僕に感想を聞くの?」


「そうだよ。彩音先輩程じゃないけど、斗真君も側で聞いてたんだよ。だから感想を教えてよ」


「それは言わないといけないの!?」


「うん! 斗真君の感想が聞きたい!」


「正直本人の前で感想を言うのは恥ずかしいんだけど‥‥‥」


「そんなこというなら、ベッドの上で斗真君も彩音さんのようになってもらうけどいい?」


「いっ、言います!? だからそれだけは勘弁してください!?」



 彩音さんみたいなあんなとろけた表情、ななちゃんには絶対見せられない。

 もしそんな姿を見せたら、幻滅されてしまうに決まってる。

 なのでそれだけは絶対阻止したかった。



「それなら感想を聞かせて」


「はい‥‥‥」


「どうだった? あたしのASMR?」


「ものすごく‥‥‥エッチでした」


「斗真君も興奮した?」


「うん。ななちゃんの声を聞いて、ものすごくドキドキした」



 それと同時に彩音さんに対して激しく嫉妬してしまった事は言わないでおく。

 それを言うと僕がものすごく情けない男になってしまうから、この話は墓場まで持っていこう。




「ふふっ♪ ありがとう、斗真君。あたしの声で興奮してくれて」


「うっ、うん」


「お礼を言いたいから、斗真君の耳を貸してもらえないかな?」


「耳って‥‥‥ななちゃんの口に僕の耳を近づければいいの?」


「そうだよ」



 ななちゃんは一体何を考えているのだろう。何をされるかわからないけど、彼女の口元に耳を近づける。



「あたしは斗真君が望めば、いつだってASMRをしてあげるからね♡」


「えっ!?」


「だからこれからもよろしくね。2人でいっぱい楽しい思い出を作ろう♡」



 吐息がたっぷり含んだハスキーな声が気持ちよくて、一瞬で顔が熱くなってしまう。

 2人で楽しい思い出を作るとはどういう意味だろう。これから僕はななちゃんとどうなってしまうんだ!?



「そういえばお昼ご飯がまだだったね! 早く食べよう」


「そうだった!? 彩音さんが現れたせいで忘れてたよ」



 自分の席につくななちゃんの様子は彩音さんが来る前と変わらない。

 平然とした表情で僕の前に座る。



「(ななちゃんは僕の事どう思っているんだろう)」



 こんな意味深なセリフを言うなんて。普通の男なら勘違いをしてもおかしくない。

 一瞬僕だけが特別な人なのかと勘違いしそうになるが、それはないだろう。

 これも彼女の冗談に違いない。



「それじゃあ改めて、いただきます」


「いただきます」



 それから僕達はななちゃんが作ったオムライスを食べた。


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ここまでご覧いただきありがとうございます。

続きは明日の8時に投稿します。


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