第14話 カップルYourTuber
「配信が始まった!」
YourTubeの画面を見るとエベのゲーム画面を背景にナナちゃんが映っていた。
開幕早々彼女は体を左右に振り嬉しそうに笑っている。
VTuberの生配信を初めて見たけどなんだかアニメを見ているような感覚になるので、新鮮な気持ちで配信を見ていた。
『みんなこんなな~~~。みんなの癒しの清楚枠、神倉ナナだよ~~~』
『開幕スーパーチャットありがとう~~~。今日は事前に告知していた通り、みんなが楽しみにしてたエベックスをやっていくよ!』
「ここまでは台本通りか」
事前にナナちゃんがくれた台本には、彼女がリスナーに挨拶をしたあと僕を呼び込むので、そのタイミングでティスコの通話に入ってきて欲しいと書かれている。
予定通りに事が進めば、僕の出番がもうすぐ来る。出番が近づくにつれ、徐々に緊張感が増していった。
「緊張しすぎて喉がカラカラだ。少しだけ水を飲もう」
さっき持ってきたペットボトルの水が既に1本空になりかけている。
幸いにも予備でもう1本ペットボトルの水を用意してあるので、その蓋を開けた。
「あっ!? ナナちゃんから『ルームに入ってきて』ってメッセージが届いた!」
この連絡はもうすぐ僕の出番が来るという合図だ。
空っぽになりかけている水を飲み干し、僕はその時が来るのを待った。
『今日はみんなに重大発表があるよ!』
「重大発表 ? そんな話、僕は聞いてないけど‥‥‥」
『みんなには内緒にしてたんだけど‥‥‥実はあたし、今日彼氏とデートするの!』
「ぶふぉっ!? ‥‥‥ゴホッゴホッゴホッ!?」
驚きすぎて飲んでいた水が器官に入り、パソコンの前で盛大にむせてしまった。
幸い咳はすぐ止まったので、配信をするのに支障はないだろう。
「僕がナナちゃんの彼氏って何の冗談だよ!? 僕はそんな話一言も聞いてないよ!?」
ナナちゃんからもらった台本を隅から隅まで舐め回すように見るが、僕が彼氏という設定はどこにも書いてない。
どうやらこれは全部ナナちゃんのアドリブのようだ。自分のリスナーを盛り上げるために、わざと台本に書いていないことを言ったに違いない。
「リスナーを盛り上げるためのアドリブを入れるにしても、もっと他にやりようがあるだろう」
現にコメント欄はナナちゃんの彼氏についての質問で埋め尽くされている。
エベのことなんかそっちのけで神倉ナナの彼氏がどんな人なのか、みんな知りたいようだ。
『『ナナちゃんって彼氏がいたの!?』 そうなの! 実は今日の配信の為に新しく彼氏を作ったんだ!』
『しかもその彼氏、今日が女の子と初めてデートをするらしくて緊張してるみたい。初々しくて可愛いよね~~~!』
この人は開幕早々なんて爆弾発言をしてくれたんだ!?
こんな紹介の仕方をされたら配信に入りづらくなるだろう。現にナナちゃんのリスナー達も突然の彼氏持ち宣言に驚いていて、コメント欄が荒れてる。
「うわっ!? 『ミュートを解除したから、早く配信に入ってきて』ってチャットがきてる!?」
この状況で配信に飛び込めと言われても無理がある。
通話に入れたとしても、僕は彼女になんて声をかけていいかわからない。
「一体僕はどうしたらいいんだ!?」
この後僕がどう立ち回ればいいか、誰か教えてほしい。
僕がこんなに困っているのにも関わらず、YourTubeの画面に映ってるナナちゃんは嬉しそうに笑っていた。
『楽しみだな~~~。今日の為にお洋服も新調したし、早く来ないかな~~~」
「ひぃ!? ものすごい勢いでチャットが飛んできてる!?」
画面上に映るナナちゃんは暢気な声で話をしているはずなのに、僕のティスコのメッセージ欄にはこの十数秒の間に20件以上のメッセージが飛んできている。
さっきからチャットが鳴りやまないので、きっとリスナーと話しながら高速でキーボードを打ってるに違いない。
「なんて器用な人なんだ。こんな芸当、僕には到底真似できない」
ってそんな暢気な事を言ってる場合じゃない!?
早く指定されたティスコの部屋に入らないとナナちゃんが怒ってしまう。
僕は彼女の怒りを買わないように、急いで指定された部屋に入った。
『遅いなぁ。一体どうしたんだろう』
「『どうしたんろう』じゃないよ!!」
『やっと来た! ちょっと遅いじゃない!! 女の子を待たせるなんて、どういうつもり!!』
「遅くなってすいません‥‥‥じゃないよ!! あんな呼び込み方をされたら、誰だって配信に入るのを躊躇するに決まってるじゃん!!」
僕の初配信一言めはノリツッコミから始まった。
本当はもっと無難な自己紹介文をいくつか考えていたけど、ナナちゃんのせいでそのセリフが全て吹き飛んでしまった。
『えぇっ!? Toma君はあたしの彼氏じゃ不満なの?』
「不満はないですが、謹んでお断りさせていただきます」
『嘘!? 何であたしはToma君に振られたの!? こんな可愛くて胸が大きい女の子なんて中々いないのに!! もったいないよ!!』
「だからってそんな画面いっぱいに胸を映し出さないで!? YourTubeの運営さんにBANされるよ!?」
突然のサービスショットにナナちゃんのリスナーは歓喜しているが、僕としてはこのチャンネルが消されないか心配になる。
彼女の配信は過激な表現が多いと言われてるけど、今日は一段と飛ばしているように見えた。
『大丈夫。もしそうなったらToma君の所にお嫁に行くから』
「脈絡もなくそんな事を言わないでよ!? リスナーさん達が驚くでしょう!?」
『そんな必死に隠さなくてもいいんだよ。今日からあたし達はカップルYourTuberとして頑張るって約束したでしょ』
「そんな約束僕は初耳だよ!? ナナちゃんのリスナーさん、誰か僕を助けて下さい!?」
僕の魂の叫びは誰にも届かず、コメント欄には草が生え続けていた。
中には僕を助けるどころかもっとやれと煽る人までいて、開始早々コメント欄は阿鼻叫喚の様相を呈している。
『もう! Toma君は彼氏がいがないんだから。そんなに拒絶されたら、いくらメンタルが強いあたしだって傷ついちゃうよ』
「それは申し訳な‥‥‥‥‥ってそうじゃなくて、まずは僕の自己紹介をさせてよ!? さっきからナナちゃんのリスナーさん達が僕が何者なのかわからなくて困惑してるよ!?」
驚いているのは僕だけじゃない。ナナちゃんのリスナーさん達も僕が何者かわからず困惑している。
コメント欄の中には『草』の他に『誰?』というコメントも散見しており、一部のリスナーしか僕の事を認識していない。
その一部のリスナーは僕とナナちゃんがコラボした事を喜んでいるみたいだけど、殆どのリスナーは僕の事を知らないようだ。
『そうだ!? まだみんなにToma君の事を紹介してなかった!?」
「そんな重要な事をさらっと忘れないでよ」
ナナちゃんの場合、これがエンタメを意識した演出なのかわからない。リスナーを盛り上げるためのエンタメならいいが、僕の紹介を素で忘れていたとしたら問題だ。
「(ただ今のナナちゃんの様子を見ると、僕の自己紹介を素で忘れていた気がする)」
僕が何も言わなければこの茶番が終わった後、そのままゲームを始めていた可能性が高い。
そう思ったらさっきナナちゃんに僕の自己紹介をさせて欲しい頼んだのは、僕のファインプレーだろう。姉さんが彼女は詰めが甘いと言っていた理由がようやくわかった。
『遅くなりましたが紹介します! 今日あたしとデートしてくれるのはこの人! 今年の春行われたエベ祭りで準優勝したToma君です!! みんな拍手拍手!』
「初めまして、Tomaです。今日はよろしくお願いします」
僕が挨拶をすると反応は上々だ。
コメント欄は『誰?』というものと『あのTomaがついにコラボした!!』という歓喜のコメントで2極化していた。
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ここまでご覧いただきありがとうございます
続きは明日の7時に投稿します。
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