第120話 花火よりも綺麗な人
「打ち上げ花火って、こんなに綺麗だったんだ!」
「ななちゃんはこういう花火大会に行ったことがないの?」
「うん! こんなに大きな花火大会に来たのは初めてだけど、今日は来てよかった!」
夜空に打ちあがる花火も綺麗だが、僕の隣にいるななちゃんはもっと綺麗だ。
思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまう程、花火を見て喜ぶななちゃんに僕は見惚れていた。
「どうしたの? 斗真君。あたしの方ばかり見て」
「なっ、何でもないよ!?」
「そうだ! そういえば斗真君と約束してたこと、まだしてないね」
「約束してた事?」
「そうだよ! 昨日庭園のコスプレエリアで約束したこと。まだ斗真君にしてあげてなかった」
コスプレエリアコスプレエリア‥‥‥あの大量のカメラマンがいた所で、僕はななちゃんとどんな約束をしたっけ?
僕の記憶では撮影会が大変だったことと変な人に絡まれたこと以外はあまり記憶にない。
「もしかして斗真君は忘れちゃった?」
「ちょっと待って!? 今思い出すから!?」
必死に思い出そうとするが、何を約束したか思い出せない。
あの場所ではろくでもないことばかり起こっていたので、肝心の記憶が抜け落ちている。
「思い出して! レストランの前にあるマジックミラーの所で約束したことだよ」
「あっ!? もしかしてキス顔の話?」
「そうだよ。あの時約束したキス顔、特別に斗真君にも見せてあげるね♡」
いつの間にか僕とななちゃんは肩が密着するぐらい近づいている。
僕が右腕をどかすと彼女は僕の胸に体を預けてきたので、優しく抱き留めた。
「なっ、ななちゃん!?」
「あの時の続き、今しよう♡」
僕の顔の前で目をつむったななちゃんはツンと唇を突き出す。
その表情は色っぽく、とても高校生には見えない。
「(僕がちょっと口を突き出せば、ななちゃんとキスできちゃう!?)」
それぐらい僕とななちゃんの距離は近い。
おでこがくっつきそうな距離に顔があり、時折ななちゃんの息遣いが唇に感じられる。
「(もしかしてななちゃんは僕にキスをしてほしいのかな?)」
自意識過剰に見えるかもしれないが、僕にはどうしてもそうにしか見えない。
正直ななちゃんとキスはしたい。僕みたいなクラスの隅にいる陰キャが、こんな可愛い女の子とキスできるチャンスなんて金輪際ないだろう。
「(こうなったらやるしかない!)」
僕だって男だ。やる時はやる。
彼女の腰を抱き寄せ、ななちゃんの唇に徐々に迫っていく。
「(あと3cm、2cm‥‥‥)」
ななちゃんは抵抗する様子もなく、むしろ積極的に僕に体を押しつけている。
僕とななちゃんの距離が0になりそうで、先程から胸が高鳴っている。
唇と唇が触れ合うその時に備え、僕はゆっくりと目を瞑った。
「(あと少し‥‥‥あと少しだ!)」
「斗真とナナは一体何をしてるの?」
『『ビクッ!?』』
「これはその‥‥‥ななちゃんの目にゴミが着いてたから取ろうと‥‥‥」
「そうなんですよ、秋乃先輩!? 今斗真君に目のゴミを取ってもらってたんです!?」
「ふ~~~ん、そうなんだ」
「わかってくれましたか?」
「うん! わかった。琴音! 今斗真とナナがチューしようとしてた!」
「秋乃さん!! いきなり何を言い出すんですか!?」
「秋乃、2人の世界に勝手に入らないの。健康的な若い男女がこんな綺麗な花火を見てるんだから、キスの1つや2つぐらいしたくなるでしょ」
「そうなんだ。こめんね、ナナ。2人の世界に入っている所を邪魔しちゃって」
「別にあたしは謝ってもらわなくても‥‥‥」
「ちょっと、姉さん!? 秋乃さんに誤解を与えるようなことを言わないでよ!?」
「誤解なんてないでしょ。菜々香ちゃんの腰に手を回して、仲睦まじくくっついているのに。今更取り繕わなくてもいいわよ」
「これはその‥‥‥」
「うちは変なのに引っ掛からなければ自由恋愛を推奨してるから、別に貴方達が付き合おうが事務所的には問題はないわ」
問題ないとかそういう話じゃないだろう。こんな話をすること自体ななちゃんに失礼だ。
現にななちゃんは顔がゆでだこのように真っ赤になり俯いてしまっている。
先程とは違い微妙な雰囲気が僕とななちゃんを包んでいた。
「ごめん、ななちゃん。つい魔がさしたとはいえ、あんなことをして」
「あたしは別に気にしてないよ。斗真君とキスするの、嫌じゃなかったから」
「えっ!? 今の言葉、もう1度言ってくれない!?」
「ダ・メ♡ あたしだってこれ以上恥ずかしい事は言いたくないよ」
ななちゃんは僕の手を握ったまま、僕の方に体を預けてしまう。
僕の胸に頭をうずめるななちゃんは嬉しそうで、僕もどう対応していいかわからなくない。
「あっ!? そうだ! 斗真に1つだけ言っておくことがあった」
「何?」
「菜々香ちゃんとそういうことをする時は絶対に避妊をしなさい。さすがに子供が出来ちゃったら、私も庇いきれないから気を付けてね」
「ちょっと姉さん!! それは‥‥‥」
「琴音、斗真達はこれから何をするの?」
「綺麗な花火を見た後、いい雰囲気になった男女が一つ屋根の下でやる事と言ったらあれでしょう」
「それって何?」
「それはもちろんセッ‥‥‥」
「姉さん!! これ以上変な事を秋乃さんに吹き込まないで!!」
こうして姉さんと秋乃さんにからかわれながら、花火大会は進んでいく。
僕が姉さんと話している間ななちゃんは僕の胸の中で花火を眺め、そんな僕達のことを姉さんはずっとからかっていた。
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