第119話 それぞれの好み

「斗真君、広場まで後どれぐらいで着くの?」


「すぐそこに海が見えたから、もう少しだと思う」



 スマホに映された地図には目的地がすぐそこだと記されている。

 初めて来た場所だから僕も詳しくはどこにあるかわからないけど、たぶんこの辺に広場があると思う。



「あっ!?」


「どうしたの、ななちゃん?」


「あそこに入口みたいな所があるけど、もしかしたらあそこから中に入るんじゃないの?」

 

「たぶんそうだと思う。早速中に入ろう」



 広場へ続く入口に入るとそこには大勢の人達が座っていた。 

 広場の中には花火を見に来た人達がビニールシートを敷いて座っており、みんながみんな花火大会が始まるのをいまかいまかと待っている。



「うわっ!? もうこんなに人がいるよ!?」


「みんな昼間から場所取りをしているんだから当たり前でしょ」


「えっ!? そんな時間から場所取りを始めてるの!?」


「いい場所を取ろうと思ったらそれぐらいの努力はするわよ。私達は空いている所に座ればいいわ」


「でも空いている場所なんてどこにもないよ」


「斗真君、あそこの端の方はどうかな? 少し茂みがあるけど、誰もいないよ」


「本当だ! そしたらあそこに行こう」



 ななちゃんが見つけてくれた場所は広場の端にある、茂みになっている場所だった。

 ビニールシートは引かれていないのでその場所には誰もいないとは思う。だか見つけた場所はものすごく狭く、ビニールシートを満足に広げることは出来ない。

 なのでビニールシートを横半分にたたみ、4人が横一列で座れるようにした。



「ななちゃんと秋乃さん、先に座っていいですよ」


「斗真君はどこに座るの?」


「僕は端の方に座るからいいよ」


「それならあたしも斗真君の隣に座る♡」


「えっ!?」


「秋乃先輩もそれでいいですか?」


「いいと思う。私は琴音とナナの間に座るから、斗真も遠慮しないで」


「そしたら私も秋乃の隣に座ろう」



 どうやら僕が意図しない所でななちゃんと隣同士になった。

 たぶん手を繋いで歩いていた僕達の事を見越して、姉さんと秋乃さんが気を使ってくれたに違いない。



「斗真、花火っていつ上がるの?」


「あと30分ぐらいしたら上がると思いますよ」


「まだそんなに時間が掛かるの? せっかく買ったビールがなくなっちゃうわ」


「あっ!? ビールで思い出した!? 僕のリュックサックに飲み物を入れてきたので、何か飲み物を飲みますか?」


「飲みたい!」


「私も飲む!」


「わかりました。そしたらななちゃんは何を飲みたい?」


「あたしはお茶を飲みたい!」


「わかった。はい、どうぞ」


「ありがとう!」


「秋乃さんは何を飲みますか?」


「私はオレンジジュース」


「わかりました。はい、どうぞ」



 キンキンに冷えたオレンジジュースと常温のお茶。それらをリュックから取り出して僕は2人に渡した。



「斗真、オレンジジュースなんて持ってたんだ」


「秋乃さんが好きなものなので持ってきました」


「斗真ってものすごく気が利くね。ありがとう」


「いえいえ。みんなのマネージャーをしているんですから、これぐらいのことは当然です」



 この事務所に入った時、姉さんに事務所に所属するタレントの好みを聞いた。

 何かあった時に使えると思って聞いただけなんだけど、それがこんな所で生きるとは思わなかった。



「今なら彩音達が斗真の事を絶賛していたのもわかる」


「彩音さん達が何か言ってたんですか?」


「何でもない。この前控室で話した事だから、気にしないで」


「それが余計気になるんだよな」



 一体控室で彩音さん達は僕に対して何を言ってたのだろう。

 褒めてくれてるだけならいいけど、色々と文句を言われてる可能性もあるので不安になった。



「ちょっと斗真、私には飲み物はないの?」


「姉さんはもうビールを飲んでるでしょ。しかも両手に1杯ずつ持ってるんだから、飲み物はいらないはずだよ」


「確かにその通りね。花火といったらビールと焼き鳥はかかせないわ」


「また親父臭い事を言って。そんな量のビールを姉さんはいつの間に買ったの? 僕は姉さんがビールを買ってたの知らなかったよ」


「さっき露店で売ってたのよ。生ビールの他に黒ビールも売ってたから、つい両方買っちゃった!」


「そんな理由で2つも買ったの!?」


「少しぐらいいいでしょ。私は今日も一生懸命仕事をしてきて疲れてるの。ビールの1、2杯飲むぐらい許してくれたっていいでしょ」


「それで泥酔したら姉さんを介抱するのは僕なんだけどね」



 さすがにその量で酔わないとは思うけど、何が起こるかわからないから不安だ。

 酔った姉さんをななちゃんや秋乃さんに任せるわけにもいかないので、その時は僕が責任を持って姉さんを家まで送り届けないといけない。



「一応食べ物も持ってきてるから。よかったらそれを一緒に食べよう」


「さすが斗真! 用意がいいわね」


「何となくこうなると思ってたから、準備をしてたんだよ」



 お酒のお供になるかわからないけど、パンやお菓子等を数点持ってきていた。

 姉さんはアーモンドチョコが気に入ったようで、それを食べながらビールを美味しそうに飲んでいる。



「なんだか琴音さんを見ていると、あたしもお酒を飲みたくなってくる」


「僕達は未成年だから飲んじゃだめだよ」


「斗真、私は18歳だけどダメ?」


「ダメに決まってるでしょ。秋乃さんだって僕達と同じで、まだ未成年ですよ」



 僕達の中で成人しているのは姉さんと彩音さんぐらいだ。

 その彩音さんだって今年の冬に20歳になるので、お酒が飲めるのは当分先の話である。



「彩音達は大丈夫かな?」


「そんなに心配しなくても大丈夫でしょ。あの子達も今頃2人で楽しんでるわよ」


「そうだね」


「だから私達は私達で花火大会を楽しみましょう。こんないい所で花火が見れることなんて、早々ないわよ」



 あの2人に対しては姉さんが何かしてくれたみたいだし、僕達の出番はないだろう。

 もしかしたらゆっくり花火が見れる穴場スポットを姉さんが2人に教えていたのかもしれない。



「(きっと僕達の知らない所で2人で楽しんでるだろう)」



 出来ればこの花火大会で2人が仲直りしてくれれば尚の事いい。

 僕は空に咲く満開の星を見ながらそう願った。



「見て見て、斗真君! 花火が上がったよ!」


「本当だ! 綺麗だね」



 夜空に綺麗に上がる花火。それを4人で眺めながら、僕達は広場でのんびりと過ごした。


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