第104話 特別な友達
「ななちゃん!! 今の箇所歌い忘れてるよ!!」
「ごめんなさい!? 今の部分をもう1度流してもらってもいい?」
「わかった。今音源を巻き戻すから、ちょっと待ってて」
彩音さんが部屋に戻ってから1時間後、ダンス練習は行き詰っていた。
さっきまで順調だったのが嘘のようにななちゃんはミスを繰り返している。
何度も何度も曲をかけるが、通し練習で1度も上手く行くことがなかった。
「(振り入れと一緒に歌を入れると、自分の歌パートを忘れてしまう。かといって
歌に集中するとダンスを忘れるから、このままじゃ八方塞がりだ)」
踊りながら歌うという事がこんなにもハードルが高い物だと思わなかった。
あの激しいダンスを覚えたななちゃんなら楽勝かと思われたが、僕が思っている以上に歌とダンスを両立するのは難しいらしい。
「斗真君、今の部分をもう1度お願い!!」
「ななちゃん、そろそろ終わりにしない? もうすぐ18時だし、配信の準備をしないと間に合わないよ」
「でも、まだ全然上手く踊れてないよ」
「1日練習しただけで完璧に出来たら誰も苦労しないよ。ライブの収録までまだ時間があるから、続きは明日やろう」
「‥‥‥‥‥‥‥わかった」
ななちゃんは不服そうな表情をしているが、こればかりは仕方がないと思う。
収録までまだ1ヶ月も時間があるし、そんなに根を詰めてやる必要はない。
「(むしろこのまま頑張って練習を続けて怪我をしたら元も子もない)」
せっかく彩音さんと一緒にユニットが組めるのに、そのチャンスを不意にすることになる。
それだけは絶対に避けたいので、僕は無理矢理にでもななちゃんを止めることにした。
「それにしてもサラ先輩と彩音先輩の関係、何とかならないかな」
「それは無理だと思うよ。全部彩音さんの自業自得だし、ななちゃんが気に病むことはないよ」
「でも、元はといえばあたしが彩音先輩にご飯を作る提案をしたことから始まってるんだよ。だからこの話の発端はあたしだよね?」
「そうだとしても、彩音さんがサラさんの事を貶める必要はなかったはずだ。『サラさんのご飯も好きだけど、ななちゃんのご飯も食べてみたい!』って言えば、あんなにこじれることはなかったはずだよ」
全ては彩音さんの自業自得といえる。なんであの人はいつも余計な事ばかりいうのだろう。
周りで誰かが聞いている可能性もあるのだから、本音はぐっと飲み込めばいいのに。それが理解できないのかな?
「物事を人に正しく伝えるのって難しいね」
「僕もそう思う」
「ちなみに斗真君はあたしの事をどう思ってるの?」
「えっ!? 何で今そんな話になるの!?」
「いいから! 斗真君の素直な気持ちをあたしに聞かせて!」
いきなりそんな風に言われても困ってしまう。
僕が困惑しているのとは正反対に、ななちゃんは真剣な目つきで僕の事を見つめていた。
「(さすがにこの雰囲気だとはぐらかすことは出来ないよな)」
ななちゃんが真剣に質問しているので、中途半端な答えを言う事が出来ない。
なので僕は自分の素直な気持ちをななちゃんに伝えることにした。
「僕は‥‥‥‥‥僕はななちゃんのことを‥‥‥‥」
「うん」
「誰よりも‥‥‥大切な友達だと思ってる」
「大切な友達?」
「うん。絶対に嫌われたくなくて、誰にも取られたくない。そんな特別な友達だと思ってる」
僕の中でななちゃんがどんな存在かといえば、こういう答えになる。
正直昔は1人でいる方が気楽だと思っていたけど、今はななちゃんが側にいない生活は考えられない。
それぐらい僕の中で柊菜々香という女の子の存在が大きくなっていた。
「斗真君はそんなにあたしの事を大切に思ってくれてたんだ♡」
「そうだよ。そうじゃなかったらななちゃんのマネージャーなんてしてないし、配信者デビューもしてないよ」
「うん、それは知ってるよ! だって斗真君、頑なに配信者になりたくないって話してくれたからよく覚えてる」
「その話、まだ覚えてたんだ」
「覚えてるよ。あの話は印象的だったから忘れるはずがないよ!」
ここまではっきり言われるとなんだか恥ずかしい。
最近ななちゃんにはこうやって僕の本音をぶつける機会が多くなった気がする。
「(一緒に寝泊まりをしてから、なんだかこういうことが増えた気がする)」
その証拠にななちゃんは何かを期待するような目で僕の事を見ている。
正直そんな目で見られると恥ずかしい。大したことはしてないはずなのに、ななちゃんは僕に何かを期待しているようだ。
「あたしも同じだよ」
「えっ!?」
「あたしも斗真君の事、大切な友達だと思ってる」
「ななちゃんも僕と同じ気持ちなの?」
「うん! 斗真君はあたしにとって特別な人だと思ってる。だから斗真君を誰にも取られたくない」
「それってどういう‥‥‥」
「あっ!? そろそろ夕食の時間だね。事務所に行こう」
「うん。シャワーとか浴びなくて大丈夫?」
「もちろん浴びるよ。彩音さんとのダンス練習で、下着までビショビショだから」
下着までビショビショだと? もしかしてそのジャージの下に履いている下着はすけているんじゃないか!?
思わず僕はななちゃんのジャージを反射的に見てしまった。
「(って何を考えてるんだ僕は!? こんな時にななちゃんの下着のことなんて、考えなくてもいいだろう⁉)」
頭の中からななちゃんの下着姿を振り払おうとしたがもう遅い。
今僕は彼女がジャージの下にどんな下着着ているのか、そのことばかり考えてしまっていた。
「斗真君、今あたしの下着が透けてるか妄想したでしょ」
「えっと‥‥‥」
「見たかったら見せてあげようか。あたしの下着」
「えっ!? 見せてくれるの!?」
「冗談だよ、冗談。さすがにあたしもびしょびしょになった下着を人に見せられないよ」
「だよね」
「それに今は可愛い物を履いてないから、見るならシャワーを浴びた後に見てね♡」
あれ? 今よく聞いてなかったけど、ななちゃんは何か言ってなかったか?
シャワーの後なら下着を見てもいいって言ってたけど、それはたぶん僕の聞き間違えだろう。
そんな僕の気持など露知らず、ななちゃんは妖艶な笑みで僕のことを見ていた。
「そしたら一旦斗真君の部屋に戻ろう!」
「えっ!? 僕の部屋でシャワーを浴びるの!?」
「うん。ダメかな?」
「別にいいよ。そしたら僕は先に事務所に行ってるね」
それが僕の精神上一番いい方法だろう。
ななちゃんもシャワーを浴びた後の姿は人に見られたくないだろうから、先に事務所で待っていた方がいい。
そう思ってななちゃんに部屋の鍵を渡すが、彼女がそれを受け取ってくれることはなかった。
「ななちゃん? どうしたの?」
「せっかくだから、斗真君も一緒に行こう」
「僕も一緒に行くの?」
「うん! あの部屋の家主は斗真君だから、勝手に入るのは気が引けるよ。それに‥‥‥」
「それに?」
「夜ご飯は斗真君の隣の席に座りたいから。一緒に事務所に行こう」
「わかった。そういうことならいいよ。一緒にいこう」
「やった!」
僕の隣で食べるのが嬉しいのか、ななちゃんが小さくガッツポーズしている。
そんな心配しなくても一言言ってくれれば一緒に食べるのに。ななちゃんは不思議な人だな。
「そうだ!? 言い忘れてたけど、斗真君ならいつでもお風呂を覗いていいからね♡」
「絶対にそういうことはしないから。安心して入ってて」
「‥‥‥わかった」
そんなに唇を尖らせたって絶対に覗きはしないぞ。
もしそんなことをした日には覗き魔のレッテルを張られて、サラさん達に軽蔑されてしまう。なので絶対にそういうことはしないと心に決めていた。
「とにかく一旦僕の部屋に戻ろう。話はそれからだよ」
「わかった。そしたら早く斗真君の部屋に行こう!」
それから僕達は一旦部屋に戻って、ななちゃんがお風呂から出てくるのを待ち、夕食を取るため一緒に事務所へと行く。
結局この日もサラさんの機嫌は直らず、夕食を取るためにななちゃんと事務所に行くと彩音さんの席には総菜パンが1つ置かれていた。
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ここまでご覧いただきありがとうございます。
続きは明日の7時に投稿しますので、よろしくお願いします。
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