第78話 収録前の顔合わせ
「ナナの作ったフレンチトースト、すごく美味しかった」
「秋乃先輩が気に入ってくれて嬉しいです」
「ななちゃんはいつもこういうのを食べてるの?」
「いつもは食べてないよ。ただ今日は特別。斗真君が頑張ってる話を聞いたから、奮発して作ってみたんだ♡」
「愛されてるわね、斗真」
「ちょっと姉さん、こんな所で茶化さないでよ!?」
さっきから僕とななちゃんの顔を見てニヤニヤと笑うのはやめてほしい。
姉さんはそんなに僕達のやり取りを見て楽しいのかな。
秋乃さんは秋乃さんでさっきから殆ど喋ってないし。
無口なのはいつものことだけど、たまには僕の事を擁護してくれてもいいじゃないか。
「フレンチトーストって甘くて美味しいから、目が覚めるでしょ?」
「うん、おかげさまで目が覚めたよ。作ってくれてありがとう」
甘い物を食べたことで、少しだけ頭が回り始めた。
これなら今日1日問題なく過ごせるかもしれない。撮影が終わったら部屋に戻ってすぐ寝てしまうかもしれないけど、日中は起きていられるだろう。
「スタジオに着いたし、ここからは別行動をしましょう。秋乃は菜々香ちゃんを更衣室に案内してあげて」
「わかった」
「ついでにトラッキングスーツの着方も教えてあげて。菜々香ちゃんも着慣れてないかもしれないから」
「わかった。菜々香のスーツは誰かの物を貸してあげればいいの?」
「それは菜々香ちゃん用のロッカーに新品の物が入ってるから。そのスーツを使って」
「わかった。ナナ、こっちに来て」
「はい」
秋乃さんはななちゃんを連れて更衣室へと入っていく。
その間僕達はやることがなく、2人が戻ってくるのを待つしかない。
「ちょっと斗真、そんな所につっ立ってないで早く行くわよ」
「えっ!? 何処へ行くの!?」
「収録スタジオに行くのよ。それで私達は撮影をするスタッフ達に挨拶をするわよ」
「ななちゃん達はどうするの?」
「あの子達はあとでスタジオに来るから大丈夫よ。それよりあんたもこれからはここに出入りするんだから、監督に挨拶しなさい」
「わかった」
それから僕達はコントロールルームと呼ばれる場所へ移動する。
その中では既に大勢の人達が収録の為にせわしなく動いていた。
「監督、おはようございます」
「おぉ、琴音ちゃんじゃないか! おはよう」
「実はうちに入った新しいバイトを紹介しようと思って挨拶に来ました」
「バイト? 珍しいね、琴音ちゃんが人を雇うなんて」
「新しいキャストも入りましたから。それに伴ってマネージャーをもう1人雇う事にしたんです」
「なるほど。それで新しいバイトの子はどこだい?」
「この子です。ほら、斗真!! 早く挨拶しなさい」
立ち話に花を咲かせていたのは姉さんの方だろう。
僕はいつでも話せる準備をしていたのに。そんなに急かさないで欲しい。
「あれ? そっちのぼっちゃんはこの前
「僕の事を知ってるんですか!?」
「もちろんだよ。俺もこの業界にいて長いんだ。あれだけでかい炎上騒ぎがあれば、嫌でも耳に入る」
どうやら業界内にも僕の名前が知れ渡っているらしい。嬉しいような悲しいような複雑な心境だ。
「(でもあれだけ大きな騒ぎを起こせば、業界もざわつくか)」
Tomaというゲーム配信者の売名騒ぎ。神倉ナナという人気VTuberを使って売名行為をした結果、世間での評価は賛否両論だった。
それこそ神倉ナナの名前が霞んでしまう程、僕の名前は今もSNSを騒がせている。
姉さんが僕の身の危険を案じるぐらい、Tomaというゲーム配信者の名前は全世界に知れ渡った。最近では僕の配信に海外の人まで僕の配信をよく見にくるので、その影響力がどれほどなのかわかってもらえるに違いない。
「琴音ちゃん、まさかその子が新しく入ったバイトとか言わないよね?」
「そのまさかですよ」
「初めまして。アーススタジオでバイトをさせていただく、神宮司斗真といいます」
「神宮司‥‥‥もしかして君は琴音ちゃんの弟さんなの?」
「はい、そうです」
「はぁ~~~~~そうかそうか。なるほどなるほど。だから初配信で、あんなスマートに配信が出来たのか」
「もしかしてあの配信に私が噛んでいた事は知りませんでしたか?」
「あぁ。やけに配信機材が揃ってたから、どこかの事務所がバックについてると思ってたけど、まさかこんな身近な人が絡んでると思わなかったよ」
「それなら作戦は成功ですね」
「琴音ちゃんは食えないね。神倉ナナを事務所に引き入れた話を聞いた時もビックリしたけど、弟君までその話に絡んでたとは思わなかったよ」
「幻滅しましたか?」
「そんなことないよ。仕事が出来れば俺は何も言わん。弟君、これからはよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
よかった。監督さんがいい人そうで。
人相が悪く顎に白いひげを蓄えていたので緊張していたけど、悪い人ではなさそうだ。
「今日の午後の撮影ですが、昨日話していた準備は出来てますか?」
「もちろん出来てるよ。今日は神倉ナナもいるんだろう?」
「はい、そうです」
「それで彼女は今どこにいるんだい? まだスタジオ入りしてないようだけど?」
「神倉さんは今秋乃と一緒にトラッキングスーツに着替えてます」
「そうか。Tomaをバイトとして雇った事もビックリしたけど、神倉ナナまで事務所に入れるなんて。その‥‥‥俺が心配する事じゃないけど、その2人を事務所に入れて大丈夫なの?」
「大丈夫です。何も問題はありません」
監督が心配しているのは、僕とななちゃんの関係だろう。
世間では僕とななちゃんが不仲だと言われているので、その2人を同席させて場が険悪な雰囲気にならないか心配しているように見えた。
「琴音ちゃんがそういうなら信じるよ」
「ありがとうございます」
「神倉さんの3Dキャラクターがこの環境でも十分動くことは事前に確認してるから、技術的には問題ないよ。それで段取りはどうなってる?」
「これが企画書と台本です」
僕が作った台本を監督が見る。素人が作った台本を見て、この人はどう思うだろう。
監督は黙って企画書と台本をぺらぺらとめくっていた。
「なるほどな。そういうことか‥‥‥琴音ちゃん、これってこっちは撮影をするだけだよね?」
「はい。ただ3Dキャラクターが3人から4人に増えるので、それに伴って何か問題があれば意見をもらえませんか?」
「俺からは特にないよ。人数が増える分には技術的な問題は何もない」
「ありがとうございます。そしたら今日の撮影はこれでお願いします」
「おう。こちらこそ、よろしく」
挨拶が終わり、僕達は技術ルームを出た。
あまりに緊張しすぎたせいか、外に出た瞬間息を吐いてしまう。
「どうだった? うちのスタジオの担当をしている監督は?」
「話しやすくてすごくいい人だった」
「普段はもっと厳しい人なんだけどね。撮影が絡まないと温厚なのよ」
「そうなんだ」
「今は人を多く雇ってるけど、あの人1人で撮影が成り立つような優秀な人だから、斗真も仲良くしておいた方がいいわよ」
「わかった」
そんな凄い人と姉さんは知り合いなのか。
姉さんと監督はかなり歳が離れているように見えたけど、一体どうやってこの人と知り合ったのだろう。
「それじゃあそろそろ撮影が始まるから、私達も移動しましょう」
「うん」
それからしばらくして彩音さん達がスタジオに入ってきて撮影が始まった。
午前の撮影は彩音さん、サラさん、秋乃さんの3人で撮影を始める。
そして午前中の収録が終わりお昼休憩を挟んだ後、ななちゃんのお披露目撮影が始まろうとしていた。
------------------------------------------------------------------------------------------------
ここまでご覧いただきありがとうございます。
続きは明日の7時に投稿します。
最後になりますがこの作品がもっと見たいと思ってくれた方は、ぜひ作品のフォローや応援、★レビューをよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます